あの日、夫・中尾彬さんと車窓から見た景色。「障害者の応援」ではなく、作品に共鳴する理由【池波志乃インタビュー|前編】

ヘラルボニーを応援してくださっている方々に話を聞きにいく連載「HERALBONY&PEOPLE」。この連載では、普段からヘラルボニーの活動やビジネスに共鳴してくださっているあらゆるジャンルの皆さんにインタビューをしていきます。
第6回は、女優の池波志乃(いけなみ・しの)さんが登場。以前からHERALBONYのプロダクトを愛用してくださっている池波さんにとって「アートをまとう」こととは? 取材冒頭でヘラルボニーとの出会いについて聞くと、昨年5月に亡くなった夫・中尾彬さんとのエピソードから話してくれました。
「福祉」の文脈ではなくヘラルボニーと出会って

――お召しになっている「Kuromaru」のボウタイブラウスが、とてもお似合いです。
池波志乃さん(以下、池波):ありがとうございます。私が初めて購入したHERALBONYのアイテムも、同じく佐々木早苗さんの作品「Kuromaru」のクラシックブラウスでした。それにシルクスカーフ(森 啓輔「青春のバラード」)と、ハンカチーフ何点かを。そのときは「もっと商品のラインナップがあったらいいのに」と思ったのですが、今はどんどん点数が増えていますね。新作の情報を追いかけるのも一苦労です(笑)。
――日頃からHERALBONYを愛用してくださっているのですね。池波さんとヘラルボニーの出会いを教えていただけますか?
池波:最初にいつヘラルボニーの存在を知ったのか、明確には覚えていないんです。ただ印象的だったのは、数年前、移動中に建設現場の仮囲いにヘラルボニーのアート作品が展示されているのを見たこと(※)。車の中で、隣に座る中尾(彬)さんと一緒に「あれ、何だろう」「いいね」と話したのを記憶しています。そのときはヘラルボニーのコンセプトも知らず、力強い作風に「きっと若いアーティストの作品なのだろうね」と話していました。
そのような出会いなので、実は私は「福祉」の文脈でヘラルボニーに興味をもったわけではないんです。
※工事現場にある真っ白な仮囲いに、ヘラルボニーの契約作家のアートを飾り、街を美術館にする「WALL ART MUSEUM」プロジェクト。
アートの質感を損なわないものづくりの魅力

池波:その後、ヘラルボニーについて取り上げたテレビ番組を見たり、JALの機内でヘラルボニーのアートを起用した紙コップを見つけたりと、さまざまな場所で目にする機会が増えました。そこで代表のご著書『異彩を、放て。―「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える―』を読み、会社の成り立ちや背景を知りました。
いま思えば、中尾さんとヘラルボニーの話をしっかりできなかったのは残念です。亡くなる一年前くらいから体調に波があって、その間は一緒にアートを楽しむ余裕がありませんでした。もしいま元気だったら、銀座の店舗にも二人で来たかったですね。これまで、さまざまな美術館へ一緒に足を運びましたから。中尾さんは東北地方とも深い縁があって、震災以降もたびたび訪れていました。盛岡の『HERALBONY ISAI PARK』も、きっと「行ってみたい」と言ったと思います。
去年の春に中尾さんがいなくなってからは、私も少しぐったりしていたけど、しばらく経った頃、三井住友銀行東館で開催されていた「ヘラルボニー・アート・プライズ 2024 展覧会」に伺いました。作品の原画を見たのは、その時が初めてでした。

――ヘラルボニーについてはシンプルにアートとして出会い、興味をもってくださったということでしょうか。
池波:そうです。それに加えて、アートの息遣いを感じるようなものづくりにも惹かれました。
ジャンルを問わず、美術館は大好きな場所ですが、美術館のショップで売られているグッズやアイテムはというと、正直ガッカリしてしまうようなものもあります。アートの柄をプリントしているだけで、もとのアートとはまったく別物になってしまっている。でも、HERALBONYのアイテムは、どれも作品そのものの力強さや魅力が損なわれていない。
本を読んでいたら、代表が初めてネクタイをつくるとき、作品の質感や奥行きを感じられるようなクオリティにしたいと『銀座田屋』さんを訪ねたエピソードが出てきて、膝を打ちました。作家へのリスペクトをもってアートが扱われているもの、こだわりをもって手がけられたものを身に付けたいと以前から思っていたので、HERALBONYは「こういうものが欲しかった」という存在でした。
「アートをまとう」ことは着物の世界に通じる
――「アートをまとう」というとハードル高く感じてしまう人もいるかもしれませんが、池波さんはどのように感じられていますか?
池波:ハードルが高いかしら? 長年、着物で仕事をしてきた私にとって、着物はまさに「アートをまとう」もの。だから私にとっては、馴染み深い感覚なのです。
例えば日本の代表的な染め工芸のひとつ「友禅」は、豊かな色彩でさまざまな情景を描き、染めによって表現する、アートそのものと言えます。繊細な柄付けが特徴の「江戸小紋」は、型彫師が細密な柄を一つひとつ彫り抜いてつくった型紙で、糊付けや地染めを行なっていく。帯にしても、作家の名前が入っていたりしますし、上質なものはさまざまなこだわりが詰まっています。着物は、染めというアート作品を全身にまとっているのです。
ですから「アートをまとう」という意味では、HERALBONYは着物の世界に通じるなと感じています。>> ソックス Kuromaru
――着物と通じる、というのは新しい気づきでした。作品そのものの力や、プロダクト製造のこだわりまでも理解して応援してくださっていて、とても嬉しいです。
池波:個人的には福祉の活動に興味をもっているし、取り組んでいることもあります。でもヘラルボニーに関しては「障害のある方の作品だから応援しよう」という意識ではないんです。ただ魅力を感じている、ということ。私は「すごい」と思うような作品が認められて、広がっていく社会であってほしいし、そのつくり手にはちゃんとスポットが当たらないとおかしいと思っています。それを実現しようとしている会社に、いま、さまざまな企業が共鳴し、参画しているのは、良い兆しですよね。時代がやっと追いついてきたんじゃないでしょうか。この勢いで、どんどん裾野を広げていってほしいです。
後編では、アートや美術の世界に造詣の深い池波さんに、アートの楽しみ方、そして「普通じゃない」ことが叩かれがちな時代に異彩を放つことについて、お考えを伺います。
>>後編はこちら:「普通じゃないこと」を悪とする社会は、優れた才能を潰す