異彩作家・伊賀敢男留は色彩とチェロの音色でつながる。「聴く美術館 #3」
この春スタートした福祉実験ユニット・ヘラルボニーの契約アーティストにフォーカスするポッドキャスト「HERALBONY TONE FROM MUSEUM〜聴く美術館〜」。
俳優・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥(たかや)が聞き手となり、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄や、これまでの人生に触れていきます。
第3回の放送では、異彩作家・伊賀敢男留(いが・かおる)さんがゲストに。母・祥子さん、ヘラルボニー副社長で崇弥の双子の兄・文登とともに、お話を伺いました。
#青色の記憶
松田崇弥(以下、崇弥):本日お越しいただいておりますのは、伊賀敢男留さんという異彩作家になっております。実はですね、今年のヘラルボニーのキービジュアルにも、音楽家のKan Sanoさんとモデルのチバユカさんに挟まれて、伊賀敢男留さんご本人に登場いただきました!
小川紗良さん(以下、小川):かっこいいですよね〜!
崇弥:すごく素敵なビジュアルを作っていただいて。伊賀さんご本人の作品もですね、いろいろ商品や商業施設で展開させていただいています。
小川:今日は伊賀敢男留さんご本人と、お母様の祥子さんにもお越しいただいています。ラジオは初めてですか? 敢男留さんはあんまり緊張はしてなさそうに見えますが、今日はどうですか?楽しみですか?
敢男留さん:楽しみです。
祥子さん:私がとても緊張して、敢男留はいつも緊張ゼロなので、足して2で割れば普通かなって、思うんですけどね。
崇弥:以前、新宿高島屋でのポップアップでライブペインティングを開催させていただいたんですけれど、敢男留さん、凄まじいスピードで筆をガーッと動かされていました。あのときはすごいスピードでお弁当も食べられてましたね。
祥子さん:食べることも絵を書くこともはやいですね。
小川:敢男留さん、好きな食べ物は何ですか?
敢男留さん:……お弁当。
小川:広くきましたね〜!
文登:お弁当の中身だと何が好きですか?
敢男留さん:(少し考えて)椎茸!
小川:渋い!私も大好きです、椎茸。
Kaoru Iga「海の記憶」
崇弥:敢男留さんの作品はブルーが特徴的だと思います。青の中で色とりどりな色がですね、海の中にいろんな生物が泳いでいるようで、素敵な作品なんです。
文登:盛岡のヘラルボニーギャラリーでも個展を開催させていただいたり、立川の商業施設でも、壁面を敢男留さんの作品が大きく彩っています。
小川:今、手元に伊賀さんの「海の記憶」「リーフ(blue)」という作品の写真があるんですけど、青の深みもそうですし、そこに黄色とか赤とかポツポツと色が重ねられています。色を重ねていくのがお好きなんですか?
敢男留さん:はい。
小川:少しお話を伺ったところによると、ずっと昔から色を重ねるのが好きで、重ねすぎてだんだんグレーになっていくこともあったとか。でも今はこの青色が素敵な作品になっていますね。
祥子さん:福祉施設や美術の教室に通っていますので、そこで他の方と一緒に制作したり、他の方の絵を見たりして、だんだんと(色彩を)壊さなくなってきました。そして先生もちょうどいいところで声をかけてくださったりするので、だんだんわかってきたのかな?
敢男留さん:うん。
崇弥:敢男留さんが絵を描きはじめたきっかけは?
さちこさん:幼児の頃から、家中に落書きをするぐらい絵が好きだったんです。どうせ描くなら紙にして欲しかったんですけど、全然紙に収まらず、壁や床や天井にまで描いていましたね。いろんなところによじ登って描いてしまうんです。
小川:お母様はどうされたんですか?
祥子さん:もう、止めようがなかったですね。四六時中描いているし、療育施設なんかでお話しても、それはこだわりだとか、あるいは集中力があるとか、いろんな評価があるので、どうしていいのか私もあまりよくわからず。そのままにせざるを得ないという感じでした。
小川:でもそうやってパワフルに描かれていたものが、今こうしてヘラルボニーでグッズや壁面アートになってるわけじゃないですか。それを初めて見たときってどんなお気持ちでしたか?
祥子さん:敢男留はスピードをもってどんどん作品が溜まるんですけど、絵だったら多くの人に見てもらう機会っていうのはとても限られています。個展をやったとしても、その期間だけしか見ていただけない。でも、こういった違う製品に生まれ変わると、本当にたくさんの人に手に取ってもらえるんだなって実感しましたし、すごく嬉しいですね。
文登:敢男留さん自身はどう思われてるんですかね?
敢男留さん:……。
祥子さん:あんまり感情を顔に出すタイプではないのですが、この場の雰囲気が楽しいようです。
崇弥:子供のように楽しそうに笑っていらっしゃいますね。
# チェロとの出会い
小川:敢男留さんは、描くことが好きですか?
敢男留さん:はい。
文登:即答でしたね!
小川:1日の中で絵を描いている時間は長いんですか?
祥子さん:学校を出てからは施設に通っておりますから、はい、前ほどではないかもしれませんね。週末ぐらいかな。やはりチェロの練習の方は欠かせないので。
小川:そうだ!敢男留さんはチェロを弾かれんですよね?
敢男留さん:はい。(チェロを弾く動作をしながら)
崇弥:ヘラルボニーでも昨年の入社式でチェロの演奏をお願いしたことがありまして。入社したメンバーにとっても忘れられない時間だったんじゃないかなと思いますね。
小川:もう20年もチェロを弾いているんですね。音楽と出会ったきっかけはあったんですか?
敢男留さん:(とても楽しそうな様子でうなずく)
祥子さん:言葉の練習を兼ねて、歌の練習をしていたんです。それが良かったのか悪かったのか、だんだん歌だけじゃなくていろんな声を延々と出すようになって、家族はもう大変で。会話ができない子供がこんなに声を出し続けるのは、きっとストレス発散なのかなと思うのですが、やっぱり外に連れて行く時には「静かにしてね」ばっかり言ってしまいました。あんまり、いい親ではなかったのかなと。
文登:そんなことないです。絶対。
祥子さん:高等部には合唱クラブがあって、ここなら好きなだけ声も出せると思って入れたんです。そしたら、レパートリーが増えちゃって、もっと歌うようになってしまって(笑)。
崇弥:ああ〜〜(笑)
祥子さん:で、前から楽器を何かできたらいいなっていう思いもずっとあって、私の友人が「音楽をやるならチェロがいいのでは」と。
小川:そしたらもう、敢男留さんご本人もハマったわけですね。
敢男留さん:ん〜ん〜ん〜。(ハミングしている)
文登:あ、今も歌ってる。
小川さん:そんな敢男留さんの成長を見守る中で、お母さんの中でも何か変わったこととか、考えたことってありましたか?
さちこさん:普通だったら子育ても終わって、親の生活も落ち着いてきて、交友関係もだんだん少なくなっていくだろうなと思っていたんですが、ヘラルボニーさんと出会えて、若い方たちとお話をすることができて、いろんな社会勉強になるねって話しています。
#次なる挑戦は・・・「そば」⁉️
小川:敢男留さんの作品はヘラルボニーではどういうふうに展開されているんですか?
崇弥:本当に作品として様々な形で展開していますね。原画を販売させていただくということもありますし、今ですと「リーフ(blue)」っていう作品は、ストールにさせていただいていて非常に人気です。実は私も個人的に購入してよくつけてます。あとは商業施設で展開されて、多くの方々の景色として楽しまれている部分も多いかなと思いますね。
小川:敢男留さんが描く青の世界は、これから梅雨の時期にもぴったりですよね。敢男留さん、次はどんなお仕事やってみたいですか?
敢男留さん:…………
………茶そば!
崇弥:ざるそば ※ かあ!これは斬新なお仕事を依頼されてしまったなあ!(笑)実は、私たちの兄貴もめちゃめちゃざるそばが好きで。
文登:そうそう。毎週日曜日は絶対にそばを食べなきゃいけないんですよ。
崇弥:そばの仕事かあ。ざるそばのお猪口とか、確かにいいかも。ちゃんと頑張りますね。
小川:夢がいくらでも広がっていきますね。
文登:うん、確かに拡張させてもらえるなあ!自分たちのアイディアでは絶対ざるそばは出てこないですもんね。ありがとうございます。
※現場の様子をお楽しみいただくため、音声をそのまま表現しています。伊賀さんご本人は「茶そば」と仰っているとのことでした。
小川:最後にお母様から、敢男留さんの人生にどのような願いを持ってらっしゃいますか?
祥子さん:敢男留が小さい頃は、自閉症の子は大人になったらどういうふうに生きていくのかすごく不安でした。今と違って、当時は情報がほとんど入ってこなかったんですね。
自閉症の大人の方たちがどのように生活してるのかいつも気になっていたんです。でもこうやってネットが発達していって、最近はいろいろな障害を持った人が紹介されるようになりましたよね。
社会が変わってきて、そういう人たちの存在を認めて発信できるようになってきたなって思っているんです。だから普通の障害者が積極的に外に出ていけば、一般の人たちも慣れていくのではと思います。
ヘラルボニーさんがやってることはまさにそこに繋がることだし、この独特な発想でどんどん進んでいっていただければと思います。敢男留の場合は、音楽を通して、これからもいろんな人と出会って、心を通じ合わせたり共感したり、そういう機会をそういう経験をたくさん重ねていってもらいたいと願っています。
小川:ありがとうございます!敢男留さんは今日ラジオに来て、いかがでしたか。
敢男留さん:った。面白かった。
(一同拍手)
小川:私もすごく楽しいひと時でした。敢男留さんの作品は拝見していたんですけど、実際にお会いできて、そして一緒にいらっしゃるお母様のお話も聞けて本当に貴重な時間でした。ありがとうございました。
text 赤坂智世/photo 鈴木穣蔵
Kaoru Iga
伊賀 敢男留 / 個人(東京都)
1988年、東京生まれ。2015年にアールブリュット立川に出展したことをきっかけに、以後毎年作品を発表している。自閉症のため会話は苦手、それでも人が好きで初めての人に会うことにも躊躇はない。また音楽も大好きで、20年間チェロを習っている。
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「アートから想像する異彩作家のヒストリー」をコンセプトに、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄やこれまでの人生に触れる番組です。
役者・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥の2名がMCを担当。毎回、ひとりのヘラルボニー契約作家にフィーチャーし、知的障害のある作家とそのご家族や福祉施設の担当者をゲストにお迎えしています。
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