今日も鎌江一美は、粘土で愛する「まさとさん」を作り続ける。「聴く美術館 #5」
この春スタートした福祉実験カンパニー・ヘラルボニーの契約アーティストにフォーカスするポッドキャスト「HERALBONY TONE FROM MUSEUM〜聴く美術館〜」。
俳優・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥(たかや)が聞き手となり、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄や、これまでの人生に触れていきます。
今回のゲストとなる異彩作家は、アート業界でも有名なやまなみ工房で粘土作品を製作する鎌江一美(かずみ)さん。彼女の作品を語る上で欠かせない、やまなみ工房施設長の山下完和(まさと)さんにも同席いただきました。夫婦漫才のような二人の掛け合いをぜひお楽しみください。
#まさとさんに恋して
小川:今日ご登場いただくのはどのような方なんでしょうか?
崇弥:本日は滋賀県のやまなみ工房の鎌江一美さんをゲストにお呼びしております。やまなみ工房といえば、アート業界の方はもちろん、海外でも「やまなみ工房ですか!すごいですね!」って言われるような場所なんですよ。
小川:おぉ。今、手元で作品のお写真を見てるんですけど、粘土の作品なんですよね?
崇弥:そうなんです。
小川:顔のような、立体物のような、粘土でこれだけの緻密な造形を作り出すのってどうやって生み出されるのか全く想像ができないです!ぱっと見たときに、なんだか毛糸でできてるような柔らかさを感じました。
崇弥:実は鎌江さんの作品は、すべてやまなみ工房施設長の山下完和(まさと)さんという人物がモチーフなんです。
小川:なるほど。
崇弥:鎌江さんの作品は何でこんな柔らかさが出るのかっていうといいますと、鎌江さんは本当に山下さんのことが大好きで大好きで仕方がないそうで。そんなところから、優しさというか、温かみを感じるのかもしれないなと思いました。そしてその山下さんも本日のゲストとしてお招きしております!
小川:おお!
崇弥:ということで、今日はオンラインで鎌江一美さんご本人と、山下完和(まさと)施設長にご登場いただき、制作の原点を聞いていきたいと思っています。
山下施設長:どうもこんにちは。やまなみ工房の山下と申します。
鎌江さん:よろしくお願いします。鎌江一美です。
小川・崇弥:鎌江さん、山下さん、よろしくお願いします!
小川:ということで、この鎌江さんの作品についてさっそくうかがわせてください。
山下施設長:はい!なんでも聞いてください!
崇弥:ありがとうございます(笑)。
小川:鎌江さんの作品のモデルは、全て山下さんなんですよね?
山下施設長:はい、僕みたいです。
小川:なぜ山下さんなんでしょうか?
山下施設長:なんで僕なんでしょうかね?(鎌江さんに向かって)なんで僕なんですか?
鎌江さん:えー。大好きだから。
一同:(笑)
鎌江さん:まさとさんしかおらへんから!
崇弥:なんか二人だけの空間に割り込んでしまって、すいません(笑)。
小川:いやぁ〜最高ですね!一瞬にして心が温まりました。
山下施設長:えぇ、本当ですか?こちらはちょっと冷え切ってますけど(笑)。だいぶこちらと温度差があるみたいですね。
一同:(笑)
小川:山下さんが鎌江さんからの想いに気づいた瞬間とかってあったんですか?
山下施設長:僕がやまなみ工房に来てから35年になるんですけども、その時にはもう鎌江さんはいらっしゃったんですね。当時は違う男性に恋してたの、俺は知ってんねんけどな!
一同:(笑)
山下施設長:でも、そういう人が次々に辞めていって、結局辞めてない俺になったような気もすんねんけど。そのへん大丈夫?
鎌江さん:うん、大丈夫。
山下施設長:(鎌江さんに向かって)いつから作品を作り出しましたか?粘土なんて、はじめ知らんかったもんなぁ?
鎌江さん:うん、知らなかった。
山下施設長:何でそもそも粘土をするようになったんですか?
鎌江さん:……。
山下施設長:って、理由ないんかい!(笑)
小川:ふふふ。
山下施設長:大体15年ぐらい前からやってますね。はじめは小さな団子みたいなんを、ばっと並べてたんですけどね。(鎌江さんに向かって)さっき練習したやん!「なんで粘土で作るんですか?」って聞いたら「まさとさんに見てほしいから」って答えるんやでって!
一同:(爆笑)
山下施設長:すんません。こんな感じです(笑)
小川:もうおふたりの掛け合いが最高すぎますね!じゃあ15年ぐらい前から粘土をやられてたってことですね?
山下施設長:そうです。15年ぐらい前からかな?急にまさとさん、まさとさんって。(鎌江さんへ)なんで俺なん?他にももっとイケメンおるやんか?
鎌江さん:ううん。
山下施設長:まぁ、その頃ですね、僕も粘土やってる人たちを見に行って、いろんな作品を見て「うわーすごいな!」っていうふうに言ってたら、鎌江さんもいつの間にか粘土をやるようになっていて。彼女の作り出す作品が、今まで見たことないようなもので。なんか面白いし、楽しそうにやってるもんで。それで「いいよいいよ!もっとそういうの作ってよ!」って毎日やってるうちに、今のような形にだんだんなってきたんですよね。で、「何作ってんの?」って聞いたら「いや実はあんただよ」みたいなこと言われて、そのときからちょっとキュンと。はしてませんけども(笑)。ドキドキとね。何か冷や汗が出るような感じがね(笑)。
一同:(爆笑)
山下施設長:鎌江さん、なんで僕ばっか作ってるんですか?ヒロシさんとか、小西さんとかでもええやんか?
鎌江さん:えぇ〜、もう好きじゃないし。
一同:(ふたたび爆笑)
山下施設長:なんかオッチャンとオバちゃんが好き勝手なこというてますけど(笑)。
# 「大好き」が止まらない
崇弥:まさとさんをモデルにした作品以外は、いまは作ってないんですか?
山下施設長:どうですか?まさとさん以外のどなたかは作ったことありますか?
鎌江さん:(即答で)ない。
山下施設長:ないそうです。ただね、ここ最近の作品は絶対、山下さんと「私」もついてくるんですよ。
小川:鎌江さんご自身が?
山下施設長:そうなんです。だからひとつの作品に、二つの顔があることが多いんですけども。ここ最近の作品を見ると「ハワイの海で一緒に泳いでいるまさとさんと私」とかね。ハワイ、行ったことないわ!って(笑)。
小川:想像が膨らんでるんですね(笑)。
山下施設長:ほかにも「ワイキキの高級ホテルでごはんを食べてるまさとさんと私」とかね。そういう彼女のいろんなストーリーの中で、作品が出来上がっていくみたいですね。
小川:その設定とかタイトルは、どんなふうに決めてるんですか。
山下施設長:どうですか?
鎌江さん:タイトルはハワイ、結婚式。
山下施設長:よく旅行の本を開きながらね「次の目的地はここ」みたいな、彼女の中のシンデレラストーリーがあるわけですよ。それを夢見ながら作っているみたいですね。彼女はもうね、日本国内にとどまらず、世界一周くらいしてます。
小川:作品作りを通して、山下さんと旅をしてるんですね。
山下施設長:いっぺんも行ったことないですけどねぇ(笑)。あ、でも今度東京いくやんな?
鎌江さん:うん。
Kazumi Kamae「海を見ている私とまさとさん」
崇弥:鎌江さんは、山下さんに1日1回か2回メールを送られているっていう話もうかがったんですけども。これって、本当ですか?
鎌江さん:はい本当です。
崇弥:何を送られてるんですか。
鎌江さん:(恥ずかしそうに)えぇ〜、内緒!
崇弥:内緒かぁ。
(鎌江さん、ポカポカとまさとさんを叩く)
崇弥:あぁ〜〜!もう二人で叩き合って(笑)。
小川:ラジオでお送りするのがもったいないくらい!皆さんにこの様子をお見せしたいです(笑)。
山下施設長:でもね、この15年間、一日も欠かすことなく、僕にいろんな愛を訴えてくれるんです。初めは手紙やったんですよ。
崇弥:へえ〜。
山下施設長:それがもう何千通ってなって。な?
鎌江さん:うん。
山下施設長:交換日記も毎日やし、それが一つでも何かできんと、もう機嫌悪くなってな。完成間近の作品を壊してしまったりするんで、逆にこっちが気ぃつかってしまうんです。
崇弥:おぉ〜。
小川:毎日会っている上に、手紙やメールも送っていらっしゃるってことですよね?
山下施設長:そうです。彼女にとっては、作品を作るのも、メールをするのも、手紙を書くのも、生きている中で唯一楽しい、そしてとても大事なことなんでしょうね。
小川:山下さんはそんな鎌江さんの想いを受け取って、どんなお気持ちなんですか?
山下施設長:いやぁねえ。なんて言ったらいいんですかねぇ。いま横にいるもんですからねぇ(笑)。
崇弥:紗良さん、いい質問だ(笑)。
山下施設長:なんていうんですか、ひとりの人を一途に思い続けて、なりふり構わず自分の想いを表現する、伝えるっていうのは、僕にとってはとうの昔に忘れてしまったことですからね。ひとりの女性として素晴らしいというか、美しいというか、ね。崇弥さんはどうですか?そんな女性が現れたら。(鎌江さんに向かって)もう明日から崇弥さんで作ったらええやん。
鎌江さん:いやや!(即答)
崇弥:いやいや、そこは「まさとさん」でいきましょう(笑)。
Kazumi Kamae「アートセンターで一緒に過ごす私とまさとさん」
小川:でも、この作品の細かさは、とにかくすごいなって思うんです。いったいどんなふうに作ってるんですか?
山下施設長:あなたに聞いてるんやで?なんでこんな細かいんですかって?
鎌江さん:なんで細かいって。髪の毛みたい。肩凝るけど、頑張る。
山下施設長:こんなん頑張って、すごいなオバちゃん!
鎌江さん:オバちゃんやない!
山下施設長:すんまへんでした。
崇弥:夫婦漫才みたくなってきましたね。
小川:本当に!じゃあ、まず粘土を固めて、そこにどうやってこの細かい毛みたいなものをつけていくんですか?
山下施設長:俺こんなに毛深くないけどなぁ。(鎌江さんへ)どうやって作ってるんですか?
鎌江さん:指で、米粒みたいなん作る。
小川:えっ、指で作られてるんですか?
山下施設長:まずね、新聞紙をドッジボールみたいに丸めるんですよ。で、その新聞紙の上に粘土をバタバタバタっと貼り付けて、土台を作るんですね。そこに目とか鼻とか口とかつけて、その後に米粒くらいの細かなものを一つひとつくっつけていくんですよ。
小川:すごい。
山下施設長:それで1、2ヶ月かかけて、一つの作品が完成するみたいな。だいたい粘土の時間は朝から1時間、昼から2時間ぐらいかな?その半分ぐらいは昼寝してたりメールしてたり、手紙で書いている時間があるもんな?
鎌江さん:する。
山下施設長:かわいいだのなんだの、いろいろ思いながら作るんでしょうね。
小川:へえ〜。作ってるときは、山下さんの顔を見ながらやってるんですか?
山下施設長:それは怖いわ(笑)。今は違うフロアの違う部屋で作ってるんですが、前までは常に僕がいるところに机を置いて作ってました。『家政婦は見た!』みたいな感じでね。だからちょっと視線が刺さるなと思ったら、どこからか彼女がこっちを見てるんですよ!
小川:すごい!作品も本当に素敵なんですけど、普段一緒に過ごされてる中で、思い出に残ってることとかありますか?
山下施設長:ありますか?僕との思い出。
鎌江さん:思い出……。
山下施設長:ないんかい!
鎌江さん:…東京。
山下施設長:そうね、東京ね。前にもらった手紙で「山下さんといつか東京に行きたい」って書いてあって、そんなん実現するわけないやんって僕はずっと思ってたんですけれども。それが東京の展覧会で入選して、僕が運転して連れて行く羽目になってしまったという!(笑)。
小川:夢が実現したんですね!作品の力が、大好きという気持ちを引っ張って、東京まで連れてっちゃうっていう。
山下施設長:そうなんですよ。
小川:東京ではどこに行かれたんですか?
鎌江さん:東京。
山下施設長:東京のどこいったか聞いてんねん(笑)
鎌江さん:スカイツリー。
山下施設長:スカイツリー見ましたね。車で揺られながら、サービスエリアにもいったりして。でも、こんなおっさんと行って面白いんか?
鎌江さん:面白い。
山下施設長:いちゃいちゃしてすんません(笑)
崇弥:見せつけられちゃいましたね(笑)
#アートで旅するふたり
小川:そんな作品っていうのは実際に見れる場所はあるんですか?
実はちょうど、今現在「ART IN YOU アートはあなたの中にある」という展覧会が、大手町の三井住友銀行東館のSMBCアース・ガーデンで開催中でして、そちらでご覧いただけます。「金沢21世紀美術館」チーフキュレーターの黒澤浩美さんがキュレーションしておりまして、2023年5月20日(土)から2023年6月17日(土)まで開催しております。※ぜひそちらで、鎌江さんの緻密な作品をご覧いただけたらと嬉しいな思います。
※現在は展覧会は終了しております
小川:東京に山下さんのお顔があるっていうことですね。
山下施設長:そうなんです。あれがね、果たして僕なのかどうなのかっていうのを、本当に作品見てもらえたらと思うんですけどね。「そっくりや」って言われるんで、ちょっと傷ついてるんです(笑)。
小川:本当におふたりの何でも言い合える仲だというのがすごい伝わってきて、本当に最高なひとときでした。
山下施設長:あ、あとね、6月3日(土)は彼女が会場で作品を作るそうですよ。
崇弥:そうなんですよ。東京ラブストーリー第2弾が始まりますね。
山下施設長:やめてぇ!(笑)。
崇弥:ぜひポッドキャストを聞いていただいてる皆様にはね、おふたりの夫婦漫才を直接ご覧いただけたらと思います(笑)。
小川:すごい!会場の中で鎌江さんが作り続けるということですか?
崇弥:そうなんです。三井住友銀行さんのSMBCアース・ガーデンはものすごく大きい会場でして、そちらのメインイベントという形で、鎌江さんと山下さんに公開制作していただきますので、ぜひ見ていただきたいなと思います。
小川:お二人のこのコンビネーションも生で見れるかもしれないという。
崇弥:かもしれないではなく、確実に見れるかなと!
小川:作品はもちろん、ご本人にもお会いできる貴重な機会だと思うので、皆さんぜひ足を運んでみてください。
崇弥:鎌江さん、次はどこで展示をしてみたいという夢はありますか?
山下施設長:(鎌江さんに小声でささやく)
鎌江さん:あります!岩手。
崇弥:いま耳打ちされましたよね!?(笑)
一同:(笑)
崇弥:ありがとうございます。岩手、いつでもできますよ。でも滋賀とは距離が離れてるかもしれないですね。それはそれで山下さんと一緒に過ごす時間も長いですし、いいかもしれません。
山下施設長:どこへでもいきます。よろしくおねがいします!
小川:もしかしたら、さっきの作品のようにハワイとか海外だってありますよね?
崇弥:あると思います!そうだ、先週、パリに出張に行ってきまして。クリスチャン・ベルストという、唯一アウトサイダー・アートでアートバーゼルにも出展しているアーティストのギャラリーの方にお会いしまして、やまなみ工房さんの作品とも連携されているとうかがいました。
山下施設長:2年ほど前にやまなみ工房の個展をさせていただきましたね。また来年あたり何かしようという予定でして。ひょっとしたら僕は鎌江さんにパリへ連れていかれることになってしまうかもしれない(笑)。
崇弥:私たちもクリスチャン・ベルストと一緒にやっていこうという話がありましたので、またご一緒した時に連携できたら嬉しいです!
山下施設長:ありがとうございます。そのときは鎌江さんの好きな人が僕から違う人になってるかもしれませんけど(笑)。
崇弥:クリスチャン・ベルストもイケメンでしたので、これはわからないですよ(笑)。
小川:これからもおふたりのアートを通した世界旅行、とても楽しみにしてます。鎌江さん、山下さん。本日は本当にキュンキュンする素敵なひと時をありがとうございました!
一同:ありがとうございました!
text 赤坂智世
Kazumi Kamae
1966年生まれ。滋賀県在住。1985年から『やまなみ工房』に在籍。思いを人に伝えるのが苦手な彼女は、コミュニケーションのツールとして振り向いて欲しい人の立体を作り続けている。モデルはすべて思いを寄せる男性。最初に題材を決め、原形を整えると、その表面全てを細かい米粒状の陶土を丹念に埋め込んでいく。完成までに大きな作品では約2か月以上を要する事もあり、無数の粒は作品全体を覆い尽くし様々な形に変化を遂げていく。大好きな人に認めてほしい。今もなお、その思いが彼女の創作に向かう全てである。
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