21世紀美術館チーフキュレータ黒澤浩美と描く、ヘラルボニーの未来。「聴く美術館#20」
この春スタートした福祉実験カンパニー・ヘラルボニーの契約アーティストにフォーカスするポッドキャスト「HERALBONY TONE FROM MUSEUM〜聴く美術館〜」。
俳優・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥(たかや)が聞き手となり、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄や、これまでの人生に触れていきます。
最終回まで残り3話となった今回は、ヘラルボニーと縁の深いゲストとして、金沢21世紀美術館であり、ヘラルボニーの顧問を務める黒澤浩美さんをお迎えしてお届けします。崇弥が「ヘラルボニーの分岐点となった」と語るその出会いから、これから歩みだす未来まで。現代アートシーンを牽引する黒澤さんに語っていただきました。
#分岐点となった出会い
崇弥:毎回1人の異彩アーティストにスポットを当てて、その方の魅力、作品の魅力を聞く美術館として楽しんでいただくポッドキャストなんですけど、4月30日に第1回目の配信が始まりまして、今回で20回目を迎えました。いろんな方に来ていただいたんですけど、なんとなんと今月末、2023年9月24日の配信で、最終回です! 本当に皆さん、来ていただいてありがとうございました。
小川:ということでラスト3回は、ヘラルボニーと縁の深いゲストの方々をお迎えしようと思っています。さぁ、今日はどんな方が来ていただいてるんでしょうか?
崇弥:今までのポッドキャストはまさに“聞く美術館”と題して、知的に障害のある作家さんご本人をお招きしていました。もうね、作家さんご自身が途中でお手洗いに行ってしまったりとか、一言も喋らずに終了したりだとか。本当に素晴らしい、新しい福祉実験カンパニーらしい実験的ラジオコンテンツをお届けしてまいりましたけれども、今回はですね、作家さんではない初めてのゲストをお招きしております。金沢21世紀美術館のチーフキュレーターであり、ヘラルボニーの企画アドバイザーでもいらっしゃいます黒澤浩美さんです! よろしくお願いします。
黒澤さん:よろしくお願いします。
小川:今日はスタジオに来ていただきまして、ありがとうございます!
黒澤さん:嬉しいです。ようやく叶いました。
小川:こちらこそです。黒澤さんがキュレーションされた展覧会「ART IN YOU アートはあなたの中にある」でちらっとお会いしたことがあったんですけど、その頃からずっとポッドキャストで黒澤さんの話を聞きたかったんです。今日は深いお話をいろいろ聞けたらなと思ってます。
黒澤さん:よろしくお願いします。
小川:普段は金沢21世紀美術館でお仕事されてるということなんですけど、どんなことをされているんですか?
黒澤さん:美術館は2004年の10月に開館したんですけれども、実はその前からおりまして、もう一番の古株になってしまいました。
小川:立ち上げのときから。
黒澤さん:そうなんです。なので来年20周年。20歳になるんですね。
崇弥:すごい。
黒澤さん:当時は何もなかったので、建物を作るところから。あるいは作家を調査して、どういう作品をどういう機会に、どういう形で皆さんにお届けするか日々調査研究しています。他にも子供たちを美術館に迎えたりとか、作家のスタジオを訪れたりとか。それが主な仕事です。
小川:黒澤さんご自身がアートに携わるきっかけはなんだったんですか?
黒澤さん:私は美術館でどうしても働きたかったというよりは、作品を見ていると、なんとなくゆっくりできたり、何故か涙が流れてきたりするような経験が何度もあって「アートって人にとって必要なものなのかな」と思いながら過ごしていたんですね。海外で勉強する機会があったので、アートを生業にしていくにはどうしたらいいのかと、のちの師匠となる方の門を叩き、なんとなく美術館で働くようになったんです。
崇弥:最初は海外の美術館だったんですよね?
黒澤さん:はい。海外でインターンシップをして、帰国してからはいわゆる現代美術を扱っている水戸芸術館に入って、そこから私の日本でのキャリアがスタートしたということですね。
小川:水戸芸術館に、もちろん金沢21世紀美術館も行ったことがありますが、本当に洗練された空間に驚くようなアートがたくさんあって、大好きな場所なんです!
黒澤:ありがとうございます。
崇弥:水戸芸術館は広すぎて娘が迷子になってしまいました(笑)。本当にいなくなったと思って心から焦りましたましたね。でも、素敵な建築です。
小川:そんな空間をつくられていた中で、ヘラルボニーとの出会いっていうのはどういうきっかけだったんですか。
黒澤さん:いつだったでしょうね? 崇弥さん。
崇弥:日本財団さんが発行している「DIVERSITY IN THE ARTS PAPER」という、障害のある作家さんにフィーチャーするフリーペーパーがあるんです。黒澤さんチームの担当キュレーターの方が、そこに載っていたヘラルボニーを面白いって思ってくださったようで。その方が「ヘラルボニーを調査に行きたい」って言ったら、黒澤さんが「いいんじゃない?」とポンと承認のハンコを押してくださったそうなんですよ。それで調査に来ていただいて、そこから金沢21世紀美術館でヘラルボニーの展覧会をさせていただきました。「ROUTINE RECORDS」っていう展覧会です。そこから黒澤さんともご縁が生まれました。ヘラルボニーはアートを謳っているけれども、私たちはもともと広告業界やゼネコン、IT業界出身の社員が多く、アートの専門家が不在だったんです。そこで黒澤さんに関わっていただけないかとお願いして、今に至るというね。ヘラルボニーにとって分岐点のような方です。
小川:黒澤さんはヘラルボニーのアートを初めてご覧になったときの印象など覚えてらっしゃいますか?
黒澤さん:新しいなと思いました。
小川:それはどんな点で新しさを感じたんですか?
黒澤さん:もちろん美術館も来館者をお招きするときに、車椅子をご用意したりとか、手話とか筆談とか、障害をお持ちの方も一緒に楽しんでいただけるような工夫はしてきたんですけれども、やっぱり超えられない違いがあって。その境界をいかになだらかにしていくべきかわからなかったんですね。ヘラルボニーは、アーティストの自立、社会の中での居場所を確立していこうとアート分野をビジネス化しているというのが、すごく新しいなと思ったんです。何か私たちと一緒にできることがあるかもしれないと。ちょっと最初はね、片思いだったんですけど。
崇弥:いやいやいや……!
黒澤さん:美術館としてはビジネスだと面と向かって言うのは難しいこともあるのですが、それでも日常が少し変わっていくことで、美術の享受の仕方も変わっていくので、ぜひご一緒したいとラブコールを私の方も送ってたわけですよ。
小川:実は両思いだったみたいなことですね。
崇弥:あぁ、そんなそんな...... ! 素晴らしい。本当にありがたいです!
小川:最初に行われた展覧会「ROUTINE RECORDS」はどんな感じだったんですか?
崇弥:21世紀美術館では新しい表現を行ったんです。たとえば知的障害のある人たちが持つある種のルーティンで音楽を作りました。たとえばこのポッドキャストでゲストに来た作家さんでも、ずっとテーブルをバンバン叩いたりとか、私の兄貴も「お相撲さんの」みたいなフレーズを繰り返したりとかが好きなんです。常同行動っていうんですね。その知的障害のある人たちがひたすら繰り返しちゃうルーティンを音として採取してレーベル化し、ヒップホップアーティストとコラボしてDJがスクラッチするんです。そうすると「お相撲さんの お相撲さんの お相撲さんの」って、ちゃんとスクラッチ音になってて。これ、僕が言うとなんか大したことないものに聞こえますね(笑)。 でもプロの方の手によって、実際は素晴らしいものになってるんです。J-WAVEでもよく流れてるKan Sanoさんにも曲を作っていただきました。
小川:Kan Sanoさんには私がやってるラジオ番組「ACROSS THE SKY」のオープニングも担当していただいています!
崇弥:あぁ、そうでしたよね!
小川:まさかそこで繋がってくるとはびっくりですが、だから「ROUTINE RECORDS」という展示名だったんですね。
崇弥:そうなんです。それを21世紀美術館でただ展示するだけじゃなくて、アリーナでのイベントで一緒に行わせていただいたりとか、作家さんに実際お越しいただいて、そのルーティンを実演していただいたりとか、半年間に及ぶ壮大な実験プログラムでした。
小川:黒澤さんはそのときのこと覚えていらっしゃいますか?
黒澤さん:はい。いろいろな方たちが来場できるように、デザインギャラリーという無料のスペースを半年間ヘラルボニーに使っていただいて、ターンテーブルを置いて会場の方たちも自分で組み合わせをして、スイッチングを切り替えながら曲を作っていただいたり、出来上がった音楽をヘッドホンで聞いていただいたりと、いろいろな体験を組み合わせています。これね、崇弥さん。まだまだいけますよ。
崇弥:そうなんですよ。やっぱり私自身も、うちの兄貴が電車乗るときに「なんちゃらなになに!」とか言っていたらすっごい怖い人みたいに見られて、良くない出会いみたいになった経験があるんです。でも、ひたすら何か叫んでいるのは、音楽でいうとシャウトなのかもしれませんし、本人たちは楽しいからやっているのかもしれません。そんなある種の啓発機能を持った美しいビートになればいいなと思っているので、教育的側面においても可能性があると思ってます。
#より開かれたヘラルボニーへ
小川:なるほど。そんなふうに始まったヘラルボニーと黒澤さんの関わりなんですけれども、現在はどんなふうに関わっていらっしゃるんですか。
崇弥:私から言うと、もういっぱいですよ。これから作家さんとどんな形で関わっていくかという関係性の話だとか、日本のみならずヘラルボニーが海外の展覧会に出たり、海外の作家さんとご一緒するために何をすべきなのかだとか、あとはアートフェアにどんな形でアプローチしていくかというのも。ヘラルボニーの展覧会でのキュレーションもお願いしていますし、いろんなビジネスの壁打ち相手になっていただいたりもしますし、本当に多岐にわたって関わっていただいております。
小川:私が以前訪れた「ART IN YOU アートはあなたの中にある」という展覧会でも黒澤さんはキュレーターを務めておられましたが、どのような視点で作品を選ばれているんですか?
黒澤さん:よくお尋ねいただくんですけれども、なかなか言葉では説明しきれない行間を、どういうふうに、別の形で皆さんにお届けするのかっていうところに私の仕事があるなと思っているんですね。作品はもうそのまま見ていただければ、それぞれに本当にユニークで魅力的な作品が多いんです。けれども、今まで見たことがないとか、あるいは見慣れないことによって、そこから先に進めないかもしれない人に、ひとこと言葉を添えることで、その先の世界を見てもらえるようなアプローチをするのが、キュレーターの仕事かなと思ってるんですね。「ART IN YOU」についても、崇弥さん、文登さんとも「障害があるからこのアート作品を紹介したり、障害がある作家として紹介したりするんじゃなくて、いい作品だから紹介するんだよね。みんなに知ってもらいたいから紹介したいんだよね」とよく言ってるんですね。
崇弥:うんうん。
黒澤さん:なので、展覧会の冠にも、「アールブリュット」といったよくあるラベルを使ってグルーピングはしていません。そうしないと、二重にグルーピングされてしまうので。もともと(既存のグルーピングを)瓦解したい、なだらかにしていきたいのに、展覧会をすることで再度グルーピングしてしまうのはアイロニック(皮肉)すぎますよね。なので作品については本当に平たく、私が伝えたいと思うものをセレクトしてます。
小川:実際に展覧会に足を運んでみると、もう一目見て、障害の有無なんて関係ないと感じられる素晴らしいエネルギーが作品からも伝わってきますが、その中でもやっぱりいろんな手法があるじゃないですか。ヘラルボニーの作家さんたちは“キュニキュニ”と呼ばれる不思議な模様を描いていたり、自分の顔をコンビニのプリンターでプリントしていたり。
黒澤さん:ユニーク。アバンギャルドですよね。
小川:ああいうものを、黒澤さんが言葉にしていくのが本当にすごいなと思うのですが、どのように言葉にしていくんですか?
黒澤さん:たぶん(言葉だけでは)足りないと思います。なので、その足りなさ加減に皆さんが食いついてくださるというか。言葉だけじゃちょっと弱くて、全部わかったつもりにはなれないから、言葉をきっかけにして、実際に作品を見てみたいと思う隙間を残しておくっていうのが一つあるかな。作家さんの人生だったり、時間の過ごし方だったり、手法や技法、材料は言葉でお伝えすることできますけど、それをどのように使ってるのかは、やっぱり作品を見ていただいたり、作家の方に実演していただいたりして初めてわかることが本当に多いので。なので、作品を見る場所としての展覧会はすごく大切だと思います。
小川:そうですよね。ヘラルボニーの展覧会って、いつもライブペインティングとかトークショーとかもあって、あれも楽しいですよね!
崇弥:ありがとうございます! そうですね、自分がとても大切にしてることとして、やっぱりリアリティあるものを、リアリティある状態で発露させていきたいという思いはありますね。アートってある種、神格化されやすいですが、やっぱり作家さんにはご本人の人生があって、別に自分の作品のコンセプトを流暢に語ることはない。だから私たちが代弁者になっているという側面もあるんですけど、だからといって私たちが代弁者をひたすらやるのでもないと思っています。今までずっと作家さんご本人が出ていたこのラジオのように、ご本人が前に出て主役である状態がものすごく大事だと思っているので、そういう意味では「ART IN YOU」のメディア内覧会やイベントでも、作家さんご本人に「メディアの皆さんに最後にお伝えしたいことありますか?」と聞いて「ありません!」って答えたりなんかして。それも含めてね、やっぱり大事だなと思ってやってます。
小川:「ART IN YOU」では森圭介さんに実際にお会いしました。本当に笑顔ハツラツで元気いっぱいな方で、お会いできて本当に嬉しかったです。作品ももちろんですけど、ご本人に会えるっていうのも嬉しいですね。
崇弥:うんうん。
小川:今までヘラルボニーで出会ってきたアートの中で、印象深かったものはありますか?
黒澤さん:すぐに思い出すのは、やっぱり早川拓馬さんのインパクトはすごいよねぇ。
崇弥:あぁ、早川さん!
小川:アイドルと電車が好きな作家さんですね。
Takuma Hayakawa「踊りながら通過列車」
崇弥:この番組にも出ていただきました。(注:第4回の放送にご出演いただきました)
黒澤さん:あれを描き切るって、いかに自分の世界がちゃんとあるのかという。好きに対する素直さを本当に尊敬しています。普通は技術的にだったり素材的にだったり、何となくを自分を飾っちゃうことがあるかもしれないんだけれども、早川さんの場合は、それが全然ないよね。
崇弥:たしかに。本当に早川さんはアイドルと電車が好きで、電車の羅列の中にアイドルが没入してるような作品で。本当に彼は面白いですよね。はじめは電車しか描かなかったらしいんですけど、年齢を重ねてアイドルも好きになって、ふたつの好きのレベルが一致したタイミングで、同時に作品を生み出したらしいですよ。
黒澤さん:溶け合ってるもんね。人の電車が。
崇弥:溶け合ってる。たしかに。
小川;好きなものを掛け合わせるって言ったら、たとえば電車に乗ってるアイドルとかになるじゃないですか。
黒澤さん:そうね。
小川:あの形って思いつかないですよねぇ。
黒澤さん:ね。でも、あの融合が早川さんの「好き」なんですよね。「好き」の強度が違うというか。もう、びっくりしますよね。
崇弥:たしかに。
小川:これからヘラルボニーでやってみたいことなどはありますか?
黒澤さん:現代美術をやっていると、同時代の人たちが何を考えてるのかというテーマで研究することがよくあるんですね。きょう皆さんとご一緒しているように、一緒に来ている人たちが、どういう状況で何を考えてるのかというのは本当に広くテーマとしてあるんです。これまでは、たとえば美術とか、音楽とかジャンルにわかれていたけれども、それをもっと融合させるような形で、人が生きていくときに大切に思っていることや、表現したいことを、垣根なく紹介できるような方法ないかなと思ってます。
崇弥:いいですね。やっぱり私自身も、アートだけをやりたいと思ってるわけじゃないんです。さきほどのルーティンだって、テーブルをバンバン叩いちゃうのもラジオだったら「ちょっと収録になりません」ってなるかもしれないけど、ある種ひたすら叩けるっていう才能かもしれないし。スポットライトの当て方によっては、いろんな一面があると思っています。異彩はアーティストだけのものではなくて、もしかしたら障害のある人のスポーツが結びついたり、音楽と結びついたりするかもしれない。ヘラルボニーがプラットフォームとして、いろんな垣根を越えて紹介できたらいいなと思いました。
小川:言える範囲で、黒澤さんとヘラルボニーが一緒にやっていることをお聞きしてもいいですか?
崇弥:海外はね、やっていくと思います。確実に。
小川:それは楽しみ!どのあたりかだけでも教えてもらっていいですか?
崇弥:まず挑戦したいと思ってるのはヨーロッパの方ですね。現在もヘラルボニーが契約する作家さんの中には海外の方もいらっしゃるんですけど、まだ一部なので。そういう意味ではもっと当たり前にヘラルボニーが開けた状態っていうのは、黒澤さんと作れるんじゃないかなと思ったりしてます。
小川:黒澤さんも海外に進出していくことに向けての思いとか、ありますか。
黒澤さん:地理的には飛行機に乗らないといけないんだけれども、こうやってインターネットで繋がるグローバル化の時代だから。作家さんにとっても日本がすごく遠いってことはもうないと思うんですよね。やっぱり知らないことで世界が縮こまってしまうのはもったいないから、なるべく開いていく。そんな方向にいけるといいですよね。
崇弥:本当にそうですね。そういう意味では、私もこの前に行ったフランスでもオランダでも可能性を感じたし、挑戦すれば絶対開けるって自信があるので、やってみたいなとワクワクしていました。
小川:未来の明るさを感じますね。楽しみです。
崇弥:いえいえ、まだまだ絶望の日々です(笑)。
黒澤さん:え、頑張ろうよ!(笑)
崇弥:頑張ります!
#アートとビジネス、それぞれの未来
小川:黒澤さんは展覧会のキュレーションで原画を扱われていますが、ヘラルボニーではその原画をプロダクトにしていますよね。それについての思いであったりしますか?
黒澤さん:いろんな形態に変身できるのが、ヘラルボニーのライセンス事業の一角だと思うんですね。美術館で見るような作品のほとんどは、世界に一つしかないユニークピースです。そこに価値があるわけですが、それを身につけたいとか、バックにしたいとか、ミュージアムショップでグッズを買って帰りたいっていう気持ちは皆さんお持ちだと思うので、持って帰れる、あるいは共有できる、共感できるっていうモノやコトを作っていくのはすごく可能性あるなと思います。たとえばゴッホの「ひまわり」の作品を、世界中の人が一点ずつ持つことはできないわけですね。美術館に見に行くということはもちろんできるけれども、そのときに買ってきた絵ハガキ1枚が部屋にあることで、自分の記憶やお友達との会話も思い出せるような、そういう可能性をプロダクトには感じて、期待しています。
崇弥:そうですよね。これからさらに進化していきます。黒澤さんにヘラルボニーで関わっていただいてからもう1年以上経ったかなと思うんですけれども、何か印象的なできごととか、思い出深いことってありますか?
黒澤さん:知らなかったなと思いました、いろいろ。知らずにこの年まで生きてしまったと反省することがよくあります。でも、その好奇心をもって世の中を見つめ直すと、自分でもできることが見つかるのかな。特に、障害がある人たちだけではなく、学校に行きにくいとか、会社辞めようかなと思っている人にとって、ヘラルボニーは少し角度が違うところから見るきっかけになると思います。でも、崇弥さんとしてはアートの専門家として作品を評価してほしいっていうのも期待してるよね?
崇弥:というより、音楽であれば嵐みたいなポップミュージックと、坂本龍一さんとか久石譲さんとかアカデミックな音楽の世界でも通用する人たちの療法が、自転車の前輪と後輪のように存在してこそ、経済が成り立ってることなのかなと考えています。音楽の専門家じゃないのでちょっと違うかもしれませんが(笑)。私たちヘラルボニーは、黒澤さんに関わっていただく前は大企業とコラボして、例えるなら嵐の部分、前輪だけを狙っていたんですが、もっと後輪の部分を社内で作れないと、本当の意味では認められないのではと思うんです。
黒澤さん:なるほど、坂本龍一グループか(笑)。
崇弥:私が嵐担当で(笑)。
小川:みんなが知ってるポップなものも、コアな誰かに深く刺さるものも、どちらも展開していきたいということなんでしょうか?
崇弥:そうですね。たとえばディズニーさんってラグジュアリーメゾンと毎年コラボするし、100均ショップにも置いてあるし、ブランドの確固たる地位が築かれてるからこそ、どちらのラインも行き来できるのだと思うんです。私たちヘラルボニーはそこまでたどり着いていないので、先程の自転車でいう前輪と後輪のどっちかだけの行動をとったら、もうそういうブランドとして見られてしまうと思います。でもやっぱり私は、娘が使う食器や百均で買うようなものにもヘラルボニーが入ってて欲しいし、いろんなメゾンとも連携できるようになりたい。そこを目指すからこそ、会社の中にいろんな価値観や視点を入れていきたいと思ってますね。
小川:いろんな価値観を取り入れていくという意味では、アートの多様性のみならず、ヘラルボニー内部の人たちの多様性も最近その広がっていますよね。
崇弥:まさにいまヘラルボニーでは、ろうの社員、つまり耳が聞こえない社員だったり、車椅子の社員だったりもどんどん入社してきてくれています。もの作りするときって、いろんな視点で喧喧諤諤しながら作った方が、時間はかかるかもしれないけど、結果的に誰もが使いやすいものになるわけだから、実は経済合理性という意味でも理にかなっていると思います。そういう意味では、私たちは支援的側面でその選択をしているというより、経済合理性においてそれが正しいんじゃないかと思ってやっていますね。あと、もうひとつ言わせてもらうと、ヘラルボニーでは手話通訳の正社員を募集してるんですけど、ここについて私自身は将来的には国に提言までしたいと思っています。
黒澤さん:うん。
崇弥: なんだろう、障害のある人たち、ろうの社員が当たり前に働きたいと思っても、やっぱり私たちと同じように働けるかっていうと、うん。やっぱ厳しい問題がある。たとえヘラルボニーに理解があっても。それが情報保障によって解決するものだったら、障害者の雇用保障のように、情報保障の仕組みを作って働きやすさも保障すべきなんじゃないかなと思ってたりもして、そういう広がりを作っていけたらいいなって思います。
小川:いいですね。アートだけじゃなくても、働き方でもいろいろな試みを続けていくヘラルボニー、素敵だなと思います。
崇弥:黒澤さんに聞いてみたいのが、ヘラルボニーののぼり方って、今までの美術業界とまた違うのぼり方をしようとしてるのかなと思っていて。たとえばキース・ヘリングのようにガーッという有名になってから、ポップアップでグッズで展開する、ある種のぼりつめてから展開することが多いなかで、ヘラルボーは最初からライセンシングしていて、全然違うじゃないですか。そこに対してどう思われるのか、すごく聞いてみたいなと思っていました。
黒澤さん:皆さんアートやアート界についてどういうイメージでいらっしゃるのかなって思うんですけど、やっぱり美術館は特に権威なんですよね。何かに価値づけをすることで、何を残していこうかということを決めている社会的な役割があるので、そこに入るともう絶対的1位、誰が見ても1位のように見えると思うんですね。
崇弥:はい。
黒澤さん:でも、実際はもっとたくさんの表現があって、もっといろんな人たちが関わっているので、権威的に認められたいなら美術館を目指すんだけど、人に寄り添うアートがヘラルボニーの形だというのであれば、目指すところは違う場所でいいと思うんですね。しかも、それは1本の道だけじゃなくって、いろんな道があるから。もちろん美術館としても、障害がある方たちのアートをあまり紹介できてこなかったっていう反省もあるから、それはもっともっと取り組むべきだと思うし、世の中に残していくべきだと私は思うんだけれども。ただ、まだ世界の人たちの理解の醸成が及ばないと、単に市場を決めるだけの文脈に乗っていってしまうので、どんな文脈でやるのかは気をつけた方がいいかなといつも思います。なのでキース・ヘリングも、本人は別に美術館に入りたかったわけじゃないと思うんですよ。
崇弥:たしかに。
黒澤さん:けれども「キース・ヘリングが一番だからって」って決めた人がいて、その人たちがピックアップしてるから一番だって思われてるかもしれない。それが本当にやりたいことなのかは、ちょっと立ち止まって考えるタイミングがくるかなと思います。
崇弥:なるほど。のぼり方を考えていかなきゃいけないってことですよね。
黒澤さん:そうですね。多様性という言葉の反面、ちょっと私の感覚としては、保守化してるなと思っていてね。美術は特に。なので、たとえばビジネスとか、そういう福祉とか、もっと違うところでブレークスルーして、ヘラルボニーに逆にアートの世界に殴り込みをしてもらう。そういうのをすごい期待したいなと思ってます。
小川:殴り込みを期待する。
黒澤さん:ちょっと乱暴な言葉でごめんなさい(笑)。 なんて言ったらいいんだろう? 「影響を与える」かな?
崇弥:「影響を与える」。いいですね!
小川:ぜひ皆さん足を運んでみてくださいということで、今日は金沢21世紀美術館のチーフキュレーター、黒澤浩美さんをゲストにお迎えしました。黒澤さん本当に貴重なお話ありがとうございました。
黒澤さん:ありがとうございました。
text 赤坂智世
黒澤浩美 Hiromi Kurosawa
ボストン大学(マサチューセッツ州、アメリカ合衆国)卒業後、水戸芸術館(茨城)、草月美術館(東京)を経て2003年金沢21世紀美術館建設準備室に参加。建築、コミッションワークの企画設置に関わる。2004年の開館記念展以降、多数の展覧会を企画。「オラファー・エリアソン」「ス・ドホ」「フィオナ・タン」「ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー」など、国内外で活躍する現代美術作家と作品を紹介。ミュージアム・コレクションの選定や学校連携や幅広い年齢の来館者に向けた教育普及プログラムも企画実施。2011年City Net Asia(ソウル、韓国)、2017年OpenArt(エレブロ、スウェーデン)、2018年東アジア文化都市(金沢)にて総合キュレーターを務める。
『HERALBONY TONE FROM MUSEUM〜聴く美術館〜』は無料で配信中
「アートから想像する異彩作家のヒストリー」をコンセプトに、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄やこれまでの人生に触れる番組です。
役者・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥の2名がMCを担当。毎回、ひとりのヘラルボニー契約作家にフィーチャーし、知的障害のある作家とそのご家族や福祉施設の担当者をゲストにお迎えしています。
毎週日曜日にApple Podcast・ Google Podcast・Spotify・Amazon Musicで配信中です。
バックナンバーも無料でお楽しみいただけます。