「敵は誰で、味方は誰か」を宣言しよう。 山口周さんに学ぶ、新時代のマーケティング戦略
ふだん何気なく使っているいろんな「言葉」ーーその言葉の裏側にあるものについて素朴に、とことん哲学していく連載「HERALBONYと言葉哲学」。
これまで言葉に埋め込まれたさまざまな「先入観」と向き合い、アップデートしてきたヘラルボニー。この連載では、松田両代表をはじめとするヘラルボニーのメンバーが、ビジネス、アート、福祉、アカデミアなど多様な領域で活躍するオピニオンリーダーの皆様と、「言葉の哲学」を紡ぐことで、言葉の呪縛を解き放ち、80億の「異彩」がいきいきと活躍できる思考の輪を広げていきたいと思います。
第3回は、ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社)、『ビジネスの未来』(プレジデント社)の著者で独立研究者、著作家、パブリックスピーカーとして活躍するライプニッツ代表の山口周さんと、ヘラルボニーCOOの忍岡真里恵が「ビジネス」という言葉について哲学していきます。
資本主義をハックして社会変革を起こそうとするヘラルボニーは、まさに「ビジネスと社会運動が交わる場所、クリティカル・ビジネスである」という前編のお話を踏まえて、後編では、その変革のエネルギーとなる「共感の力」について聞きました。
>>前編はこちら:お客様ニーズに迎合するのは、もうやめよう。「クリティカル・ビジネス」が社会を変える【山口周✕ヘラルボニーCOO】
すべての社会問題は「遠くの他者」か「未来の他者」にまつわるもの
山口周さん(以下、山口):例えば、このヘラルボニーがマルイとコラボレーションした「エポスカード」とか見ちゃうと、純粋に欲しくなりますよね。デザインとして素晴らしいから。やっぱりこれって「共感の力」ですよね。
忍岡真理恵(以下、忍岡):そうなんです。ヘラルボニーの商品は、まずモノとして素敵で、そのあとにストーリーがついてくるという順番です。私自身がヘラルボニーに初めて出会った時もそうでした。「かわいいな!」と思って名刺入れを購入し、後から会社の取り組みや創業背景を知って感動しました。
山口:やっぱり、これからの時代、ビジネスという仕組みを活用して社会変革を起こしていく際に「共感」はものすごい駆動力になると思いますね。
前編で「共感する力」についてお話ししましたが、「共感」とは、他者との間にどれくらい距離をとれるかの問題だと僕は常々考えています。社会問題はどれも、「遠くの他者」にまつわるものと、「未来の他者」にまつわるものの2つに分けられます。
自分の周囲5メートルは、安くて快適に過ごせればそれでいいかもしれない。でも、遠くのどこかのカカオ農園で子どもたちが搾取されていて、そこで作られたものを原料にしたチョコレートを自分は食べているかもしれない。そういう事実を目の当たりにしても「そんなの関係ないし」と言う人もいる。自分の半径5メートルさえよければいいのか、それとも地球の裏側にいる子どもたちの幸福も考えるのか。「共感」って、そういう距離感ではないかと。
作家のサン=テクジュペリは「人間であるということは、自分の僚友が勝ち得た勝利を誇りとすることだ」と書いていますが、まさに同じことです。遠くの他者に不幸があれば、それを一緒に嘆く。遠くの他者に幸福があれば、それを一緒に喜ぶ。シンプルにそういうことですね。
忍岡:共感とは距離感の問題である。今、ハッとしました。まさにそうですね。
山口:そして、「他者」には地理的に隔たった「遠くの他者」の他に、時間的に隔たった「未来の他者」があります。僕たちは、自分たちのしたことで50年後の人たちに迷惑をかけてしまうかもしれない。現に僕たちは、50年前の人たちがしたことで迷惑を被っているわけですから。あるいは逆に過去の他者に感謝することもあるかもしれません。そういう視点から見えてくるのが「未来の他者」です。
忍岡:なるほど。「遠くの他者」や「未来の他者」に共感できる人を味方として増やしながら事業を拡大し、世界をよりよい場所にしていく。それが山口さんが前編でおっしゃっていた「クリティカル・ビジネス」ですね。
商品を買う行為が「投票」の意味を持つ時代に
忍岡:私はもともと経済産業省で官僚として働いていて、その後ビジネスの世界に飛び込みました。官僚をしていると、法整備をするにしても前例がなければ立法は難しいし、税金という財源がなければ予算もないし補助金もつけられない。そういう仕組みは国を運営していく上で必要不可欠ではありますが、やっぱりサステナブルではないと感じていました。「社会を変えるのにもっといい方法はないのかな?」そう考え始め、行政の世界からビジネスの世界へ移りました。
その時、強く感じたのが「お金による投票の力」です。限りなくある商品やサービスの中から何かをお金を払って買うという行為は、ある種の「投票」なんです。この資本主義の仕組みをうまく活用して変革を起こせないものだろうか。そういうふうに考えをめぐらせていた時に出会ったのがヘラルボニーでした。
「これだ!」とピンときて、自分に合った職種が募集されていなかったのにも関わらず「働かせてください!」とドアをノックしに行きましたね(笑)。
山口:そうそう、クリティカル・ビジネスにおいては「購入」という行為がまさに「投票」なんですよね。
忍岡:ヘラルボニーの商品は決して安くありません。むしろ、結構高いものさえある。では何の価値にお金を払っていただいているかというと、商品そのものの品質に加えて、やはり作家さん自身の想いや、アート自体の素晴らしさに対してだと思います。ここ10年ほどの間に、消費者の意識も大きく変わりました。きっと10年前ならヘラルボニーはビジネスとして成立しなかったでしょう。
山口さんが、前編で「消費者の教育」のお話をされましたが、一人ひとりの中で「自分は何に対してお金を払っているか」の意識が高まってきていることは確かだと感じています。つまり、衣食住の必要を満たすための消費行動から、どんな価値観をよしとしてお金を払うかという投票行動に近づいているのではないでしょうか。
山口:そうですね、僕も日本を含めた先進国はまさにそういう成熟した「高原社会*」に入っていると思います。
*高原社会=右肩上がりの経済成長を経たのちに訪れる、平坦な高原のような「低成長の経済」を前提とした成熟社会のこと。詳しくは山口周さんの著作『ビジネスの未来』(プレジデント社)を参照。
「共感の力」がビジネスに倫理を埋め込んでくれる
山口:ただ、ビジネスには危険な部分もあります。例えば、今、現代アートのマーケットはとても加熱していますよね。作品の値段の上がり方が極端で、投機のようになっています。ドイツ銀行では、各部門の中でもっとも投資効果の大きいのがアート作品になっていると聞きます。プロが血道を上げてきた金融よりもフィランソロピー**として続けてきたアートの買い上げの方が大きな利益を上げているのは皮肉なものです。
**フィランソロピー=人類への愛に基づいて人々の「well being」を改善することを目的とした、利他的活動や奉仕的活動。
そういう世界に巻き込まれて、身を滅ぼしてしまうアーティストは後を絶ちません。なので、やはりヘラルボニーのように、剥き出しの資本主義とアーティストの間に立つ存在の「見識」が深く問われている時代なのかな、と。
ビジネスが持つ力を上手に使いながらも、同時にそれがはらむ暴力性の犠牲にならないようにする。そのためには投資家などのステークホルダーとの関わりがとても重要になってきますよね。つまり、「倫理」を共有している人にステークホルダーになってもらうということです。
忍岡:おっしゃる通りですね。例えば、ヘラルボニーに投資をしてくださっている株主の皆様は当然、リターンを求めて投資判断をしているわけですが、大前提として個々のキャピタリストの方ご自身が私たちの掲げる価値への共感がとても強い方ばかりです。
これはヘラルボニーの企業のパートナーさまも同じで、作品をご一緒するときに実際に福祉施設を訪れていただくこともあります。初めて障害のある方と接するという体験をされる企業幹部の方も多く、それが一層深い共感を産んでいると思います。このように生まれる共感が、まさに倫理の共有につながっていると感じます。
また、昨年株主になっていただいたMPowerさんでは作家への還元や社会における障害に関する意識の変革などヘラルボニーが出す社会的インパクトの開示を義務付けていらっしゃいます。これは経済的リターンだけに偏らないためのある意味での仕組み化だと言えるのではないでしょうか。
「資本主義のハッカー」が興すビジネスが増えている
山口:世界を見てみると、社会運動とビジネスを同時に推し進めていくクリティカル・ビジネスの事例はとても増えているなと感じます。
その先駆けとも言えるのが、1976年創業の「ボディーショップ」です。今ではわりと普通かもしれませんが、当時「動物実験をやらない」、マイノリティなど「就労機会のない人を積極的に雇用する」といった取り組みを先駆けて始めたんです。つまり、最初からイニシアチブは「ビジネス」より「社会運動」の方にあったわけです。
単に「社会運動」としてやっていたのではインパクトが出ない。だったら「ビジネス」としてやろうという、と。結果、消費者から支持されて爆発的な成長を遂げたのはご存知の通りです。
もう一つ、「ビジネス」と「社会運動」を両立させた例として「ビッグイシュー」があります。ホームレスの方が雑誌を売ることで、その収益を生活費に充て社会復帰に繋げるという仕組みです。おもしろいのは、「ボディーショップ」を創業したのがアニータ・ロディック、「ビッグイシュー」を創業したのがジョン・バードで、二人はなんと夫婦なんです。
忍岡:えーーー!そうなんですか!!
山口:そうなんですよ、夫婦揃って社会運動としてビジネスをやっていた。二人とも資本主義のハッカーなんですね。「ボディーショップ」が成功して、その資金を元に立ち上げられたのが「ビッグイシュー」というわけです。
こういう事例は他にも世界中でたくさん出てきていますし、僕自身、ビジネスが世の中を教育して変えていかないのであれば、他に何によってできるのだろう、と考えています。なので、ぜひヘラルボニーには今後どんどん成長して社会を変革していって欲しいですね。
企業にとって「敵の宣言」と「味方の宣言」が大事な時代に
忍岡:ありがとうございます。とはいえ、これから会社として進むべき方向は常に試行錯誤です。一番難しいのは、自分たちは今ある社会を変えようとしているのだから、今あるものに迎合してはいけないわけですが、でも同時に目の前のマーケットで順調に利益も上げていかなくてはいけないという点です。
それを前提とした時に、どんな成長戦略、マーケティング戦略があるのだろう?と。それをぜひ山口さんに伺ってみたいなと思っていました。
山口: 例えば、アップルが1984年に流した伝説的なCMがあります。「1984」と題されたそのCMは、ジョージ・オーエルの有名なSF作品『1984』をモチーフにしたもので、全体主義を賞賛するビッグブラザーの演説が流れるテレスクリーンを、マッキントッシュのデザインを想起させる衣装をまとった女性がハンマーで砕き割るというもの。そして最後に「1984年1月24日、アップルコンピューターはマッキントッシュを発表します。そして今年1984年が、小説『1984年』に描かれているような年にならない理由がわかるでしょう」というナレーションが流れます。
あの伝説的なCMは言ってみれば「敵の宣言」なんですね。アップルという企業は何と闘うために存在しているのか。それを明確に打ち出している。全体主義的な考え方や、人の個性を圧殺するような社会のルールや価値観、そうしたものとアップルは闘っていきます、と世界にアピールしているわけです。
忍岡:今でも語り継がれる有名なCMですね。確かに、あれにはマッキントッシュの性能も購入するメリットも何も出てきません。
山口:今後、企業の成長には、こうした「敵の宣言」がとても大事になってくると思います。人間というもの、やはり共通の敵がいるからこそ「共感」して味方になりますから。
その後のアップルのCMを見ていくと、2003年にはこれまた有名な「Think different 」というCMを世に出しています。1984年のCMが「敵の宣言」だったのに対して、今度は「味方が誰か?」を定義しています。つまりアップルは、クレイジーと言われようが、反逆者と言われようが「現状を肯定せず、変化を起こそうとする人たち」の味方であると宣言しているんです。
こうして見ていくと、過去のアップルは「敵は誰か?」と「味方は誰か?」しか言っていない。今後、ヘラルボニーがマーケティング戦略を考えていく上でも、こういう視点はきっと大事になってくると思います。
「とがった企業」でい続けるために、日本から世界へ出よう
山口:もう一つは、そうしたコミュニケーションに「共感」してくれる人の出現率に関することです。前編で触れた、今ある欲求に安く速く応えようとするレガシー・マーケティング・コミュニケーションと対局の、コミュニケーションの取り方に社会の8割が共感してくれるかと言えば、それは難しい。もしかしたら、共感してくれる人は1割くらいしかいないかもしれない。
その場合、やっぱり「エリア」を広くすることが重要になってきます。日本には5%しかいなくても、世界中の国に5%いれば、相当の数になりますから。しかも、その5%の人が非常に強く共感してくれていて、ヘラルボニーが提供する価値に喜んでお金を払うという状況になればいいわけです。
これを日本国内のマーケットだけでやろうとすると、どうしても鉾先(ほこさき)が甘くなってしまいます。「5%ではビジネスとして成立しないから、30%くらいの人が共感してくれるようにちょっとメッセージを緩めよう」というふうに妥協が生じてしまう可能性が高い。
忍岡:はい、ヘラルボニーは先日、「LVMH Innovation Award 2024」でファイナリスト18社に選出されましたが、今まさに世界に打って出ようとしています。実際、世界のいろいろな都市に出かけていって商談をしますが、話し始めたらすぐに「この価値、わかる!」と共感していただけますね。
山口:そうですよね、ヘラルボニーがやろうとしてる領域はとても普遍的だと思います。僕の親戚にも自閉症の人がいますが、かなりの人が人生のどこかで障害のある方と接点を持っているはずです。本当に素敵なビジネスを手がけられているので、応援したいですね。このあと早速ヘラルボニーのエポスカードを作ろうと思います(笑)。
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