自由への希望を「鳥」に託して。毛糸画家・首藤和子が作品を作り続ける理由【異彩通信#13】

「異彩通信」は、異彩伝道師こと、Marie(@Marie_heralbony)がお送りする作家紹介コラム。異彩作家の生み出す作品の魅力はもちろん、ヘラルボニーと異彩作家との交流から生まれる素敵な体験談など、おしゃべり感覚でお届けします。「普通じゃないを愛する」同士の皆さまへ。ちょっと肩の力が抜けるような、そして元気をもらえるようなコンテンツで、皆さまの明日を応援します。


「一筆一筆」ならぬ、「一糸一糸」に想いが紡がれている──。

そんな強い意志を感じられる絵画があります。

なんだか人の手の温もりを感じるような、印象的で立体的な質感。
近づいて見てみると……なんとこの作品、筆やペンではなく、「糸」で描かれているのです。柔らかな毛糸を用いて、描かれたのびやかな鳥。また、額縁として用いられているのは木材のよう。自然豊かな香りが届いてくる気がするのは、モチーフか、素材か、はたまたその双方に理由があるのでしょうか。


ということで、今回の異彩通信でご紹介するのは、一本一本の糸に想いを込めて作品を生み出す作家・首藤和子さん。多彩な糸で描き出す世界の秘密を、少しばかり覗かせてもらいました。

「糸で描く」という手法にたどり着くまで

宮城県・南三陸町。東日本大震災で大きな被害を受けたこの土地には、「NOZOMI PAPER Factory」という事業所があります。震災の際に流されてしまった「のぞみ福祉作業所」という場所を新設した際に立ち上げられた建物であると同時に、社会と福祉をつなぐためのプロジェクトとして産声をあげました。

主な活動は、地域の方から、あるいは、仙台七夕まつりで使われた七夕飾りの和紙を寄付してもらい、それらを原料とした手漉きの再生紙「NOZOMI PAPER®︎」を生産すること。今回の主人公・首藤和子さんは、そんな「NOZOMI PAPER Factory」の一員です。

和子さんは「NOZOMI PAPER Factory」での活動を行いながらも、自身の活動として、毛糸による絵画制作を行なっているのです。では、和子さんの制作風景を覗いてみましょう。

キャンバスとして使用しているのは木の板。紙に描いた下書きの絵を木の上に転写し、毛糸をボンドで貼り付けて、作品を創っていきます。
毛糸で作るようになったのは、使わなくなった毛糸を地域の方からもらったのがきっかけだそう。

この毛糸を使って何か表現できないかと、施設員さんとのやりとりにより、作品を生み出す方法を画策。和子さんがもともと多くの絵を描いていたことから「ボンドで貼り付けて糸で絵画を描く」という独自の表現手法を確立しました。

役目を終えたものに吹き込む「新しい命」

和子さんの作品を知るうえで大切なのは、素材に対する珍しさではなく、素材との出会いや背景。というのも、和子さんの作品を取り巻くすべての素材は「リサイクル」を意図して集められているのです。

たとえば、最初にもご紹介したような、毛糸を用いて創る絵画。
「カイツブリ」
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作品で用いている毛糸は、近隣の方から譲り受けたもの。毛糸を貼り付けているキャンバス代わりの木の板は、施設でもう使用できなくなった紙漉き用の板。そして、作品の雰囲気をも司っている額縁の木材は、南三陸町の海岸で拾い集めた流木。

いずれも、新しいものを用いているのではなく、一度は役目を終えたものたちを再度活用していることが伺えます。

そして、もうひとつ。和子さんは、毛糸以外にも、和紙を活用した作品制作も行なっています。
「カメ」
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こういった作品では、仙台七夕まつりで使われた和紙を用いています。紙をこより状に細く成形して、木の板に貼り付けているのだそう。和紙を用いた作品の場合、一本一本のこよりは毛糸よりも細いため、制作に一層時間がかかるといいます。

こうしてみると、和子さんの作品には、失われかけたものたちの「物語を続ける」という意思が感じられます。

誰かのためになにかを生み出そうと購入されたけれど、その後、どこかのおうちで眠っていた毛糸。幾度となく紙漉きに使われ、役目を終えた木の板。遠くの海から長い長い旅を経て三陸の海岸にたどり着いた流木たち。

和子さんが用いるすべての素材たちには、今に至るまでに多くの歴史と物語が存在します。それらをきちんと受け取り、物語ごと包み込みながら、新しい作品として歴史をまた紡ぐ。和子さんの作品から、どことなく優しさや温もりが感じられるように思うのは、こうした「送り手」としての意思が宿っているからかもしれません。

自由に羽ばたく「鳥」に願いを託した

もう一点、和子さんの作品を知るうえで興味を持ったのが「モチーフ」について。和子さんの代名詞的な作品である毛糸の絵画では、鳥をモチーフにした作品が数多く見られます。その背景にあるのは「人々がいずれ自由に生きられるように」という願いです。
「ツノサイチョウ」
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和子さんが、毛糸を用いて作品を創り始めたのは、コロナ禍のことでした。なかなか外出ができなかったり、人との接触が難しかった当時。息苦しさや寂しさを感じる多くの人に、明るい気持ちを届けたり、自由に羽ばたいてもらえるように……と、そんな想いで、鳥の作品を描くようになったのだそうです。

多くの鳥作品を生み出した和子さんは、時が進むにつれて、鳥以外のモチーフを描くようにもなりました。引き続き動物モチーフという軸はありながらも、さまざまな動物を描くように。どの作品も、色合い鮮やかでエネルギッシュ、そして、なによりチャーミングさをはらんでいます。
「マネキネコ1」
実在する動物だけではなく、和子さんは架空の動物を描くことも。このレパートリーは「変な生き物シリーズ」と呼ばれており、和子さんならではの視点をふんだんに詰め込んで描かれています。愛嬌たっぷりの生き物たちを見つめていると、なんだか朗らかなオーラが伝わってくるよう。
和子さんは、すごく心配性で控えめな性格。作品を生み出す際は、いつも信頼する職員の方に「モチーフこれでいいかな? みんなどう思うかな? 色はどういうのがいいかな?」と、確認しながら進めているそう。

作品を届ける立場として、「見る人はどう感じるのか?」を意識しながら生み出す姿勢は和子さんならではの思いやり。根源には、「みんなを笑顔にしたい」というモチベーションが強く強く存在しているのです。

作品が生み出す、つながりと喜びの循環

「HERALBONY GALLERY(岩手県盛岡市)」では、現在、和子さんの作品を展示する企画展「糸でつむぐ絵画」を開催しています。この企画展に向けて、和子さんはご自身の考えを手記にまとめてくださっていました。
和子さんが絵を描き始めたことから、毛糸での制作をはじめた経緯、そしてそれを褒められて嬉しかったことが綴られています。

「すごいねって言われることは嬉しいから。褒められると嬉しい。嬉しいから続けられる。」
和子さんの生み出した作品が、他者にとっての喜びを生み出す。その喜びを源泉として、また新たな創作に取りかかる──そんなしあわせな循環が、和子さんの作品を通して、生まれ続けているのです。

素材に宿る物語を受け取り作品として昇華すること、そして、作品を通して人々の喜びを循環させること。いずれの場合においても、受け取った思いを次につなげる「送り手」としての才が、和子さんならではの魅力なのだろうなと感じています。

そんな、たくさんの思いが詰まった、見る人を優しい気持ちにさせてくれる、和子さんの作品たち。すべての作品をオンラインストアでご覧いただけます。

ぜひ「一糸一糸」の想いを感じながら、お気に入りの作品を、見つけてみてください。

▶︎作品一覧はこちら

首藤 和子

NOZOMI PAPER Factory

南三陸生まれ。寄付でもらった毛糸をきっかけに、毛糸で絵を描き始める。下絵はいっぱつ描き、もくもくと毛糸を貼り付ける作業に集中した後は、作業所のメンバーと過ごす時間も大切にしている。ひとつの作品に1ヶ月〜3ヶ月もの時間をかけて、さまざまな色の毛糸で画面を鮮やかに彩る。細かく丁寧な仕事で生み出される作品からは、彼女のきっちりとした性格と、やさしい人柄が伺える。作品を通して、他者とのつながりやコミュニケーションが生まれることが彼女にとって何よりの喜びである。