夢と記憶が交差する、衣笠泰介のマジカルな異彩。「聴く美術館 #7」〜前編〜

この春スタートした福祉実験ユニット・ヘラルボニーの契約アーティストにフォーカスするポッドキャスト「HERALBONY TONE FROM MUSEUM〜聴く美術館〜」。

俳優・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥(たかや)が聞き手となり、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄や、これまでの人生に触れていきます。

京都からスタジオまでお越しいただいた今回のゲストは、そのファンタジックな色彩が見る人を惹きつける異彩作家・衣笠泰介(きぬがさ・たいすけ)さんとお母さまの珠美さん。作家人生が始まるきっかけとなった絵日記や、ご家族にとって運命的だったふたりの先生との出会いなどもお聞きしました。

#絵に守られる

(小さくハミングするような声が聞こえる)

小川:先ほどちょっと声が聞こえましたが、崇弥さん、今日ご紹介いただくのはどんなアーティストなんでしょうか?

崇弥:はい。なんと本日は京都から六本木のスタジオまでお越しいただいております、衣笠泰介さんという作家さんです。アクリル絵の具とか油絵の具を使って世界中の街並みだったり、ワインだったり、美しい生活や景色も含めて、泰介さんワールドに、引き込まれるような。

紗良さんは作品を見てどう思われましたか?

Taisuke Kinugasa「夢の国へ行こう(2)」

小川:先ほど泰介さんの作品がプリントされたハンカチを見せていただいたんですけど、町並みがすごくカラフルで。よく見てると、コーヒーカップが置いてあったり、何か文字が書かれていたりとか、発見がいっぱいあるんですよ。遊園地みたいな町並みのような。見ててワクワクしちゃうなって思いました。今日はそんな作品がどのように生まれてるのか、泰介さんとそしてお母さまの珠美さんにも一緒にお話伺っていきたいと思います。衣笠泰介さん、珠美さん、よろしくお願いします!

珠美さん:よろしくお願いします。

泰介さん:よろ、しく、おね、がい、します。

小川:ありがとうございます。今日はどうですか?ちょっと緊張されていますか?

崇弥:緊張はいっさい感じてなさそうですね(笑)。

小川 とてもリラックスしていただいて。

珠美さん:(泰介さんへ向かって)大丈夫?OK?

崇弥:泰介さんは、東京タワーがすごくお好きで。よく作品の題材にも東京タワーの作品があります。今収録している六本木ヒルズは、まさに東京タワーが目の前ですけれども。どうですか、泰介さん。東京タワー。

泰介さん:(小さな声で)嬉しい、もんな。

崇弥:ありがとうございます。

小川:今日は京都から来てくださったっていうことなんですけど、東京はけっこう来られてるんですよね?

珠美さん:そうですね。展覧会を銀座と表参道のギャラリーとカフェで定期的にやらせていただいてるので、ちょこちょこ週に何回か(来ています)。

崇弥:泰介さんの作品はねぇ、ものすごく売れるんですよ。もう、すごいですよ。

小川:私も見た瞬間、手元に置きたいって思いました。

崇弥:私自身も個人的に所有している作品をデスクの前に飾っています。「ゴディバ」って描かれたチョコレート缶がモチーフ作品なんですけど、すごい素敵で。リモートワークでは、その絵に支えられながら働いていますね。

珠美さん:(泰介さんへ向かって)ありがとうって。

泰介さん:ありが、とう、ござい、ました。

崇弥:ありがとうございます。

小川:今日泰介さんが着ているTシャツも、ご自身の絵なんですね。

珠美さん:はい。これは何年か前に、コラボさせていただいたブランドでリゾートをテーマにしたものですね。

小川:今日はスタジオの外にお父さまもいらっしゃってるんですけど、お父さまも泰介さんが描かれたシャツを着てらっしゃっていましたね。珠美さんのバッグには、直接泰介さんが絵を描いてるんですよね?

珠美さん:私が持ってるのはデザイナーさんとコラボしたバッグです。デザイナーさんに泰介が絵を描きやすいようなデザインを考えていただいて、泰介が即興でバッグに絵を描くという展覧会を定期的に開いています。うちの1階にはギャラリーがあって、泰介以外の作品もあるんですけど、そこで定期的に開催しています。※1

崇弥:そういえば、泰介さんってご自身の作品をすごくチェックされているなといつも感じていまして。京都のギャラリーに行かせていただいたときも、自身の作品がどんなふうに飾ってあるのかっていうのをチェックされていて。以前、私たちも阪急うめだで「ヘラルボニーアートコレクション」って大規模展覧会を開催した時には、衣笠さんのアトリエを会場内に作ったんですよ。

※1 衣笠泰介さんは、ヘラルボニーの活動以外にも個人のアーティストとしてご活躍されています。

小川:すごい。

崇弥:毎日ご出勤いただきましてね。

珠美さん:あれ、楽しかったですよね!

崇弥:怒涛の日々をご一緒させていただいたんですけど、そのときに思ったのが、泰介さんはご自身の作品に守られてるような感じがあるのかなって。今もハンカチをチェックされているのを見て思いました。

泰介さん:(置いてあるハンカチをじっと見つめている)

珠美さん:自分が描いた小説を読むような感じなんでしょうね。泰介にしたら。

崇弥:確かに。

#絵で会話する

小川:本当にたくさんの作品を生み出されてると思うんですけど、普段はどこで制作されてるんですか?

珠美さん:自宅の1階をギャラリーにしてまして、描いたものは下に持って降りて、新しい作品を飾っていくというのをしています。泰介が18歳くらいのころからかな?

小川:絵を描くこと自体はいつから始められたんですか?

珠美さん:絵を描くのは2歳ぐらいから。床、壁、いろんなところに突然文字が描いてあったんですよね。

小川:えっ、文字ですか?

珠美さん:ブランドの名前とか、ガソリンスタンドだったらガソリンスタンドばっかりの名前、電気製品だったら電気製品ばっかりの名前がね。

(泰介さん、大あくび)

小川:泰介さんがすごいっていう話をしてたら、横で大きなあくびをされました。本当にリラックスしてくださって。

珠美さん:静かでね、嬉しいのかな。(音に)敏感なんでね。やっぱり。

崇弥:自閉症の方は聴覚が敏感な方が多いですからね。

小川:なるほど。当時、お母さまは泰介さんが床や壁にまで描き出したっていうのをご覧になってどんな気持ちでしたか?

珠美さん:ある日、泰介と上の子がいる部屋に行ってみると、壁にきれいな字でロゴが描いてあったんです。泰介が一歳半くらいのころかな。上の子に聞いたら「泰くんが描いた」っていうから、驚いて。いつの間にこんなの描けるようになったのかなっていう感じだったんですよ。ちょっと面白いので、もうその壁は描いてもいいことにしておいて、クレヨンや紙を置いておくと、どんどん描き出して。

小川:そこから才能に気づいて伸ばしていく方向に。

珠美さん:というより、言葉の表現を全くしなかったので、これによって私たちも泰介を知ることができるなと。

崇弥:この前の展覧会でアトリエを作ったときもそうでしたけど、泰介さんは本当に絵で会話してる感じでしたね。

珠美さん:そうですね。びっくりしました。

崇弥:お子さんが泰介さんの絵をまじまじと見ていたら、突然アンパンマンを描き始めたりとか。

珠美さん:女の子が来ると、ちびまるこちゃんを描いたりとか。さっきまでかっこよさそうなワインボトルとか描いてたのに!

崇弥:そうそう。

珠美さん:男の子が来ると、今度はドラえもんを描いたりアンパンマンを描いたり。

小川:キャラクターのバリエーションもあるんですね。

珠美さん:みんなが集まって「アンパンマンだー!」とか言い出すと、もう次々に変えていくんですよ。

崇弥:泰介さんご自身が流暢に「何が好きなの?」とか聞くわけではないじゃないですか。でも、男の子がまじまじと見つめてると、泰介さんがそれにレスポンスしていくっていう光景に、私はすごい衝撃をうけました。

珠美さん:子どもさんってすごくピュアなので、会話しなくても、何となく「この女の子はちびまる子ちゃんを描いてくれたら嬉しいんだろうな」と感じとって、そうかそうかと描くみたいな。インスピレーションの会話みたいなのが成り立ってるんじゃないかな。

泰介:(低い声でゆるやかにハミングしている)ううん、うううん。

崇弥:今に至るまでたくさん絵を描いていると思うんですけど、どんなふうに絵柄っていうのは変化してきましたか?

珠美さん:最初は文字ばっかりでしたね。ひたすら。崇弥さんの兄ちゃんのね、翔太さんのようにね。会社名の「ヘラルボニー」とは翔太さんがひたすら書き続けていた、自分で発明した言葉だったというのも、全く一緒だなと思って実は聞いていました。

崇弥:おお!ありがとうございます!

珠美さん:それで、ちょっと文字ばっかりつまらないので、じゃあ絵日記にしてみようと思って、日記を買って渡しまして。上半分に絵を描いて、その下にその日あったことを「パン屋さんに行きました」とか「一輪車乗りました」とか、それぐらいの程度のものなんですけど、書いていました。ある日、泰介がジャングルジムのブランコの上から落ちたことがあったんです。もう頭から突っ込んで、病院で縫って。

小川:えぇ…!

崇弥:こわい!

珠美さん:でも、その日の日記を描くルーティンは大事なので、毎日絶対しないといけないんです。その時の絵は、地面に自分の頭が刺さっている絵っていう。漫画とかでありますよね、ドカンって(笑)

崇弥:すごいなぁ(笑)

小川 うわー、泰介さんの絵日記見てみたいなぁ。

崇弥:泰介さんの人生の展覧会、いつかヘラルボニーで本当に企画させていただきたいです。

珠美さん:いろいろ資料も残してるんですので、よろしくお願いします!

(泰介さん、崇弥さんの顔をじっと覗き込んでいる)

崇弥:今、すごい覗き込んでいただいて。

小川:あ、崇弥さんの肩を叩いてる。

珠美さん:絵日記も進化していって、最後は抽象画のようになっていくんです。それが20歳近くまで続いたかな。それによって学校の先生とも会話するって感じでした。毎朝職員室に絵日記を持っていって「昨日泰介くんはスイミングに行ったのね」とか。

崇弥:へぇ。今の泰介さんの作品って、見た瞬間に「これは泰介さんの絵だな」とすぐわかる独自の色彩や画風っていうものが確立されてると思うんですが。どんな変遷をたどっていったんでしょうか?

珠美さん:最初から、例えば象を描いたとしても、泰介の象っていうのがでてきて、その横にサーカスのおじさんがいたら、泰介のサーカスのおじさんっていうもうキャラクターが、本当にアニメのキャラクターのように、もう最初から確立された状態で出てきたんですよね。

崇弥:ほう。

珠美さん:だから、全然変わらなくって。今では画材も増えて、いろんなものを描いたりしますけど、根本的に下絵として描き出すときの、色鉛筆とかクレパスで始まる絵というのは、小学校時代の絵日記の絵とほぼ変わらないんです。それがどんどん風景になって、広い景色になっていたりしてるだけで、ずっと自分の中にパッと思い浮かぶものが、泰介にはあるんでしょうね。

崇弥:なるほど。

小川:泰介さんの中の作家性は、もう2歳ぐらいからずっと続いてるんですね。

珠美さん:そうですねぇ。ミッフィーちゃんの顔って点々でできていますよね。ああいう感じで、点の打ちどころだけで泰介の絵になるっていうのが面白いなっていつも思っていて。生活は家族全員振り回されて、もう本当にめちゃくちゃなので、大変なんですけどね。でも泰介の絵を見ると、ちょっと癒されるっていうか。明日も頑張ろうって思える。

崇弥:泰介さんの描いてる様子を見ると、ご自身の才能はもちろん、お母さんとのコンビネーションがあってこそなんですよ、本当に。

珠美さん:なんかね、そうなっちゃったんですよね。

崇弥:泰介さんが描いていると、母さんが水をパパッて払ってあげたりとか。歯医者さんで言うと、歯医者さんと助手的な立ち位置で。

珠美さん:最初はね、色鉛筆とかクレパスだったので、ほっといても描けたんです。アトリエに通って油絵の具をいきなり使い出したら、これが難しいんですよ。もうぐちゃぐちゃ混ざっちゃうし、絵も汚くなるし。でも先生がすごく素敵な方でね。「泰介くんにとって、やりやすいやり方でやりなさい」と教えてもらいました。例えば、普通は「赤と白を混ぜるとピンクになるね」と習いますが「そんなの全然勉強しなくていいんです」と。「ピンクが欲しかったらピンクの絵の具を置いてあげればいいし、緑だったらいくつもの緑の絵の具を入れてあげて、そこからチョイスすれば泰介が自由に描けるから」って。そう先生に言っていただいて、全く一切指導はなしで。そういう感じでスタートしたんですね。だから、泰介がぱっと絵の具を取って、私に渡すというスタイルが出来上がってしまいましたねぇ。

小川:本当にいい出会いがあったんですねぇ。

珠美さん:そうですね。すごく自由でしたね。それまでも何か糸口を探して、いろんな教室に行ってみたりしましたけど、初めて泰介がすっと馴染めたんです。毎日でも行きたいぐらいに。(泰介さんへ向かって)ああ、ねぇ。

泰介:(立ち上がってゆらゆらと動く)

崇弥:いま、立ち上がってダンスを踊っているような。ありがとうございます。いいなぁ。史上初めてかもしれないね。スタジオでね、ダンスって。

後編へ続く〜

Taisuke Kinugasa

1989年 京都市生まれ。2歳から絵を描き続ける。生きることは描くこと。マジカルとも評される色彩感覚と感受性で、光と色彩に溢れた世界を描く。そのアートワークは国内外で高い評価を受けている。京都市内のギャラリーミラクルを拠点に、東京・京都・沖縄・札幌・大阪・岡山・ニューヨークなど、各地で個展を開催。様々な大手企業コラボレーションや製品化、商業空間や公共施設展示などプロジェクト多数。京都上御霊神社と京都御所内白雲神社の絵馬所には、大作絵馬が奉納常設展示されている。

『HERALBONY LIFE MUSEUM〜聴く美術館〜』は無料で配信中


「アートから想像する異彩作家のヒストリー」をコンセプトに、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄やこれまでの人生に触れる番組です。

役者・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥の2名がMCを担当。毎回、ひとりのヘラルボニー契約作家にフィーチャーし、知的障害のある作家とそのご家族や福祉施設の担当者をゲストにお迎えしています。

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