夢と記憶が交差する、衣笠泰介のマジカルな異彩。「聴く美術館 #7」〜後編〜

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#先生との出会い

小川:旅先の街をモチーフにされてることが多いと思うんですけど。ご家族で旅されることは多いんですか?

珠美さん:多いですね。日本も沖縄から北海道まで、海外もニューヨークとかハンガリーとかで展覧会したこともあって。そうすると泰介もいろいろ観光もしたりギャラリーに行ったりするんですが、帰りに必ずそこの街の本を買うんですよ。

小川:へぇ!本っていうのはどういう本ですか?

珠美さん:写真集です。街の景色の写真集を買ったりとかして。最初は買う理由がわからなくって、何するのかなと思っていたんですけど。帰ったその本を見て、本当に夢の国みたいにコラージュされた自分の好きな景色だけを抽出して、その本を大切そうに持って絵を描き出すんです。こうだったらいいなという景色を描くので、その通りの景色ではないんですけど。きっと、その本を軸にして「これ食べたな」とか「お母さんたちは昼からワイン飲んでたな」とか、思い出しているんですね。

小川:絵を通して、そこで過ごした記憶が見えてくる。

珠美さん:そうなんですよ。だからヨーロッパの歴史ある街とか、ニューヨークっていうのは、泰介にはテーマパークのように見えてると思うんですよね。ただそれを自分も描きたいっていう。

崇弥:ヘラルボニーでも福島県の浪江町をテーマに作品を描いていただいたことがあるんですね。今、浪江町で大きな壁画として飾られているんですけど。特に言ってるわけじゃないのに、作品の中に「頑張れ」っていう文字が入ってたんです。だから泰介さんは“わかってる”タイプなんだろうなって。きっと今も(この状況を)把握してて聞いてらっしゃるんじゃないかな。

「なみえアートプロジェクト『なみえの記憶・なみえの未来』」にて飾られたアート。中央に「がんばれ」の文字が

珠美さん:泰介は全部わかってて。浪江町もね、行ったことがなかったので「コスモスマラソンというのがあったんよ」と一応説明して。そしたら写真を壁に貼って、ばっと描き出して。全然そんなこと言ってないんですけど、大きく「がんばれ」って書いてあって。私もちょっとどきっとして。

泰介さん:(なにかつぶやき続けている)

(泰介さん、ふと立ち上がり収録ルームから出る)

崇弥:お手洗いということで退室されました。いいことです。そのぐらい寛容なラジオをやりたいなと思っているので(笑)。

小川:泰介さんが退出されている間にお母様にお聞きしたいんですが、今までの泰介さんと過ごされていて、記憶に残ってることってありますか?

珠美さん:もう毎日が「多分こうなるであろう」っていうストーリーを覆される日々の繰り返しなので…!もうたくさん嬉しかったことも、とんでもない目に遭ったこともいっぱいありますね。

崇弥:やっぱり私の母親も、兄貴が産まれたてのころは相当絶望したみたい。それで本棚にも『この子を残して私は死ねない』って本が本棚にあったりとか。

珠美さん:(障害のある子を持つ)お母さんたちが集まってお話したりするとね、まずその話。「長生きしようね」と(笑)

崇弥:「親亡き後問題」と福祉業界ではいうんですけど、親が亡くなった後に重度の知的障害がある息子や娘はどう過ごしていくのかというのは国としても課題ですし、ヘラルボニーもそういった部分でもやっていけたらという思いがあります。

珠美さん:先日ね、崇弥さんのポッドキャストで話しておられたスイミングスクールも、泰介は幸いにも理解ある先生と出会えまして。今では毎日1km泳いでるんです。

小川:すごい!私、1km泳げない。

珠美さん:人に恵まれることが多いんですよね。今は毎日お父さんと一緒に朝は1万歩くらいお散歩するんですよ。走るのも含めて。

崇弥:超健康ですね!

珠美さん:そして絵を描いたりしますよね。夕方になるとプールに行って1km泳ぐっていう。そういう生活。

小川:すごい元気。

崇弥:でもやっぱり、そういうルーティンってすごい大切で。私の兄も土曜日は蕎麦食べなきゃいけないとか、豚骨ラーメンも決まった曜日に、決まった店で食べるんです。母親も必ず同席しなきゃいけないから、ちょっとふくよかになったんですけど。

珠美さん:曜日で決まってるんですよね。うちはね、唐揚げ。

崇弥:唐揚げかぁ。生涯マネージャーみたいな感じになるんですよね。

珠美さん:うちもね、まだVHSの時代に「月曜日の何時にこのビデオを見る」って決まっていて。ビデオだから別にいつでも見られるんですけど、その時間にはそのビデオ見なければならないんです。こうしたことって、なかなかね。理解してもらいにくいところがあるので。身内にそういう方がいないと。

小川:ちなみに泰介さんはお生まれになってから、持っているものが判明されたんでしょうか。

珠美さん:やっぱりなかなか発語がないっていうか、会話が成り立たなくて。「おかしいな、おかしいな」と思ってるうちに、ちょうどうちは年子で上の子がいたので、これはどう考えても発達の度合いが違いすぎるなと、児童相談所に診断してもらいに行ったんですよね。

小川:なるほど。

珠美さん:「可能性あり」から始まって、改善されていく人もいるけれども、確定されていく人もいて。私たちはそこで素晴らしい先生との出会いがあってね。もう人生助けられましたね。

小川:どんなふうに助けられたんでしょうか。

珠美さん:親としてはやっぱり悲観しますよね。幼稚園に行っても、みんなができることができない。運動会でも反対方向に走り出してしまう、逃げ出してしまうみたいなことを繰り返して。そしたらその先生は「やらせようとするのではなくて、周囲に理解してもらいましょう」と。「泰介くんには特性がありますが、文字が読めたり絵が描けたりするので、絵や文章で『明日は運動会ですよ、ここにヨーイドンでみんなで走るよ』と伝えましょう。学校の先生にも理解してもらいましょう」って。実際に学校にも説明しに行ってくださいまして。

小川:病院の先生が!

崇弥:なんて素敵な先生なんだろう。

珠美さん:TEACCH(ティーチ)プログラム(自閉症及び関連するコミュニケーション障害がある子どもたちのための治療と教育プログラム)という自閉症の方の支援プログラムがありまして。その中で、たとえば歯を磨いてる絵のカードを見せて「歯を磨く」と復唱してもらうことで言葉を覚えるというのがあるんです。泰介の場合は絵が好きだったので、先生は「泰介くんには自分で描いてもらおう、寝てるところとか、歯磨くところとか。それで自分で言葉を覚えてもらいましょう」っと。すごく発想が豊かな方なんです。

崇弥:絵が、言葉に変わっていくんですね。普通は言葉が先ですが。

珠美さん:「今日は絵を描く日にしましょう」と診察に行くと絵を描いて、それを先生がパウチして立派なカードを作ってくれて。「今日は何をしますか?」と聞くと「ミニカーで遊ぶ」っていうカードを置くんです。

崇弥:TEACCHプログラムって、自閉症関連だとすごい有名なプログラムなんです。

珠美さん:あれで助けられますよね、やっぱり。

崇弥:我が家もまさにTEACCHプログラムの「空間を構造化する」っていう考え方で。絵カードとかを使って会話をしていました。

珠美さん:そうですよね。その先生はね、家庭訪問してくださって「お箸に名前を書くのはいいですね」とか「引き出しに番号振ったらすごくわかりやすいね」とか、見てくれるんです。

崇弥:本当にすごい先生ですね。我が家も「ドアノブは無理に閉めない」とか貼ってました。ありえない勢いでドアをボッコボコにしちゃうから。本当に全部を構造化させてましたね。

小川:あ、泰介さんが帰ってきました!

崇弥:おかえりなさい!

小川:TEACCHプログラムっていうのは、医療業界で何か定められてるものなんですか?

珠美さん:自閉症のコミュニケーションを促進するためのプログラムですね。

崇弥:アメリカに勉強しに行くお医者さんも多いです。

珠美さん:元々は海外で始まったものを、その先生はいち早く京都で取り入れてくださって。それによってすごく私たちも助かったし、学校の先生も泰介に「明日は遠足ですよ」とパンフレットを見せるような声のかけ方ができました。

小川:ちなみに学校は公立の学校だったんですか?

珠美さん:中学までは地元の公立の小・中学校に通っていたんですね。上に年子の女の子がいて、私たちにとっては同じ子供なので、できるだけ同じ環境で同じように育てたいっていう気持ちがありました。25年ぐらい前なので、まだまだそういう発達障害のある人は別のクラスに行かなければならないっていうような雰囲気があったんですけど、私たちの考えを説明したら、すごく共感していただいて「じゃあ教室の中で一緒に生活しましょう」と。「それが他の子供たちにとっても良い結果になると思うので」と言ってくださって。黒板の授業にはついていけないので、ひたすら絵を描くとか、簡単な足し算引き算とか、泰介用の教材を私が用意していました。

小川:そうなんですね。教育の面でも、珠美さんが泰介さんをアシストされて。

(泰介さん、再び崇弥さんのそばへ)

珠美さん:そうですね。教室にいるためには、泰介がうろちょろしてたら先生も困りますが、描くことだったら夢中になれるので、どっさりプリントを用意してカバンに入れて、出来上がったらマルをしてもらったりして。

崇弥:ちょっと今、泰介さんに肩をトントンといただいてもらいました。嬉しい!

珠美さん:お友達感がすごい!

#ブダペストの太陽

小川:せっかく泰介さんが帰ってきてくださったので聞きたいんですけど、今までの旅で特に思い出に残ってる場所ってありますか。

崇弥:どこが楽しかったですか?泰介さん。

珠美さん:ニューヨーク?ブダペスト?

泰介:ニューヨーク…。ブ、ダ、ペスト!

崇弥:ブダペストねぇ!

珠美さん:一番好き?

泰介:いち、ばん、大好き、ブダ、ペスト!

崇弥:一番大好きブダペスト!いいねぇ!

小川:行ってみたいなあ!

珠美さん:本当に素敵なんですよね。街全体が世界遺産なんですけど、何百年前の建物の中に、そのまま皆さんがマンションにして住んでたりとか。そこに人々の暮らしが普通にあって、馬車道が残ってたり。

Taisuke Kinugasa「ブダペストで朝食を」

崇弥:これがまさに「ブタペストで朝食を」っていう作品なんですよ。

小川:なんて素敵なタイトル!ハンカチになってる作品ですね。

珠美さん:これがあの有名な市庁舎ですね。

小川:へえ。町の建物も素敵だし、奥の方にある空とか太陽の色彩もとっても素敵ですね。

珠美さん:太陽の色って、行く町によって違うんです。ブダペストは太陽がすごく印象的なところなんですよね。ちょうど行ったのが朝の4時から9時ぐらいまで明るい季節だったので、すごく太陽が印象的だったんでしょうね。

小川:でも、そういう旅行の記憶って、時間が経つと消えていっちゃうじゃないですか。泰介さんはそれを記憶してるってことですよね?

珠美さん:それがね、消えないんですよ。10年ほど前にブタペストに行った際、2、3日前にカンボジアのアンコール・ワットに行ったんです。本当に素晴らしい場所で、帰国してから泰介は何回か絵に描いていました。それから、つい2、3日前にまた何か絵を描いてもらおうと、特に何も言わずに当時の写真を見せて描いてもらっていたんです。そしたらいきなり「アンコール・トム」って言って。実は、アンコール・ワットとは別にアンコール・トムっていう遺跡もあって、そちらを描いていたんです。でも、私はそのアンコール・トムに行ったことなんかすっかり忘れてて。だから、泰介はしっかり覚えてるんですよね。

小川:場所の名称やそこで何をしたとか、覚えてるんですね。書くスピードはどうなんですか?

崇弥:すごい。

珠美さん:もうアンコール・ワットに行って10年以上前ですね。行ったあとすぐに描いたときは、写真を見て、風景だけを好きなところだけ抽出したような絵を描いてたんですよね。でも今回の絵は、カンボジアの素敵なカフェが並んでるエリアがあったり、トゥクトゥクという自転車のタクシーみたいなのがめちゃくちゃ走り回ってたり、人がわーっとしてる間に、象が歩いてるみたいな。それらが全部一つの絵の中の要素として、カンボジアに行ったときの全部要素が入っててびっくりしました。

崇弥:アンコールワットを思い出して、泰介さんも笑顔になってますよね。アンコールワット、また行きたいですか?

珠美さん:行きたいね?

小川:これから行ってみたい国とかありますか?

珠美さん:(泰介さんへ)今度どこ行きたいの?今行きたいの、どこやった?ガイドブックのとこ。

泰介:かどく、かんご

珠美さん:今ちょっと日本の国内旅行に凝ってて。今行きたいのは?

泰介:か、ごしま

珠美さん:鹿児島行くんだよね、それから?

泰介:たね、が、しま

珠美さん:そうだね、種子島だね。ロケットの絵が大好きなので、宇宙センターを見せたらどうかなと。

崇弥:それはワクワクしますね!

小川:泰介さんが描く種子島、すっごく見たい!

珠美さん:とにかくガイドブックを持って歩くので、次の行きたい場所のを重たいカバンの中に。

入れています。

(ここで泰介さん、立ち上がる)

小川:常に行きたいところのことを考えて歩いてるんですね。そんな泰介さんの作品も、実は見ることができるんですよね。?

崇弥:そうなんです!まさに泰介さんが立ち上がったところで告知させていただくとですね、「ART IN YOU アートはあなたの中にある」※ という作品展で衣笠泰介さん「春の旅」「大阪ナイトクルーズ」という作品本当素敵な作品が並んでおりますので、ぜひご覧いただけたらと。

※展示会は終了しています。
(左)「春の旅」、(右)「大阪ナイトクルーズ」

小川 どちらも素敵な作品です。原画だとどれぐらいのサイズなんですかね?

珠美さん:そうですね、70センチ角ぐらいです。

崇弥:大きいですよね。あれは生で見たい。

珠美さん:「春の旅」は、さっき話していたようなヨーロッパの風景や、自分の好きな景色を組み合わせてね、夢の国みたいなの。音符とか花とか星とか飛行機が飛んでたりとか、文字も書いてあります。

Taisuke Kinugasa「春の旅」

珠美さん:文字のところにね「NEXT」って描いてます。ちょっとびっくりして。「泰くんかっこいいね」って。

(泰介さん、崇弥さんにぴったり寄り添っている)

崇弥:泰介さんも私の肩にもたれていただいてますけれども、本当にありがとうございました。あぁ、もう覗き込むような(笑)。はい、タッチ。

(ふたり、ハイタッチ)

小川:タッチしました。ということで、泰介さん、そしてお母様の珠美さん、今日は本当に貴重なお話ありがとうございました

泰介さん:あり、が、とう、ございました。

崇弥:いいねぇ。

text 赤坂智世/photo 橋本美花

Taisuke Kinugasa

生きることは描くこと。家族と世界各地を旅するなかで目にした景色を、光と色彩に溢れた独自の世界観で描き出す。マジカルとも評される色彩感覚と感受性を持ち、何百色もの絵の具から瞬時に色を選んで描き上げる。そのアートワークは国内外で高い評価を得ており、京都上御霊神社と京都御所内白雲神社の絵馬所には、大作絵馬が奉納されている。

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「アートから想像する異彩作家のヒストリー」をコンセプトに、アートに耳を澄ませながら、作品の先に見えるひとりの”異彩作家”の人柄やこれまでの人生に触れる番組です。

役者・映像作家・文筆家として活躍する小川紗良さんと、ヘラルボニーの代表取締役社長の松田崇弥の2名がMCを担当。毎回、ひとりのヘラルボニー契約作家にフィーチャーし、知的障害のある作家とそのご家族や福祉施設の担当者をゲストにお迎えしています。

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