「彼らは健常者に追いつこうなんて思っていない」やまなみ工房施設長 山下完和さんインタビュー【後編】

ヘラルボニーを応援してくださっている方々にお話を聞きにいく連載「HERALBONY&PEOPLE」。前編に引き続き、世界的なアーティストを輩出している福祉施設、滋賀県甲賀市にある「やまなみ工房」の施設長・山下完和(やました・まさと)さんにインタビューします。

>>前編はこちら:福祉界のレジェンドが語る「僕が人を100%肯定できる理由」 やまなみ工房施設長インタビュー【前編】

そもそも健常者に追いつくことを目的に生まれていない。

吉田 陸人(Yoshida Rikuto)さん。あるとき偶然目に入ったファッション誌を手に取り、写真が掲載されたページの上に思うままに落書きを始める。以後、グラフィティアートにも通ずる独自のスタイルで高い評価を得ている。
先日ヘラルボニーは公益財団法人渋沢栄一記念財団とのコラボを発表。吉田陸人さんが渋沢栄一氏の肖像写真をもとにオリジナルアートを手がけた。

――彼らが心穏やかに過ごしやすい場所であることを第一に考えて施設運営をされているということでしたよね。 

山下完和(以下、山下):はい。できないことをできるように“克服”させるとかそういうことではなくて、彼らの得意なこと好きなことをやり続けられるようにする、そういう場所でありたいとずっと思っています。僕が彼らからいっぱい肯定してもらったように、こちらも熱狂的に思いやることが、僕たちのできることではないかと考えています。

――目の前の人たちと向き合う中で、成長をさせてもらっているのはむしろ僕らの方なんじゃないか、というお話がとても印象的でした。

山下:そもそも、目の前にいる彼らは健常者と呼ばれる人たちに追いつくことを目的としていないし、追いつくことを目的に生まれてきたわけでもない。なのに、なぜ僕たちは目指すべき方向をそちらに置いているんでしょうね。

社会の「こうあらねばならない」を彼らにあてはめるのではなく、社会が彼らに合わせていくという発想が自然になってもいいのではないでしょうか。

変わるべきはこちらなんじゃないか。そんな風に考えていくと、僕らの方が成長していけるし、そうでなくてはいけないんじゃないかと思うんですよね。共存することができ、お互いの良さが発揮されることにより、状況がぐんぐん良くなりたどり着く場所が広がっていく。そんな風に社会が進んでいったらいいですね。
水上詩楽(Shigaku Mizukami)さんの作品は、扇形のモチーフの上に無数の「点」を描いていく。点を描くことを「てんてんする」と言うらしい。空を眺めることが好きで、外に出ると指定の場所でゆっくり空を眺めたり、部屋のドアから顔を出して空を見ることがある。彼の目に映る空、きっと綺麗に違いない。

福祉に興味のない人にも届く。ヘラルボニーと歩む意味

――ここにいる人たち、ひとりひとりの人間としての尊厳を大切にされていると感じます。

山下:でも、私はヘラルボニーの皆さんにも同じことを感じるんですよ。代表の松田兄弟に最初にお会いしたときからずっと印象は変わっていませんが、障害者だからすごい、障害者なのにすごい、ではなくて、どの人に対しても、一人の人としての尊厳を常に持たれている。 

だから私たちやまなみ工房も強い味方がいるという安心感や心強さのもとで、いろんな出来事をご一緒させていただくことができている。そのことにすごく感謝をしています。

神山美智子(Michiko Koyama)さんの作品では、3mm四方の大きさで描かれた人の絵がびっしりと並び、画面を埋め尽くしている。1体を描き終えるごとに、メモ帳に印をつけて数を数えている。
――やまなみ工房にとって、ヘラルボニーとはどんな存在でしょうか?

山下:ヘラルボニーさんは、私たちだけでは出会うことができなかったであろう新しい人たちと出会える機会を次々つくりだしてくださっていると感じます。これまでできなかった経験をたくさんさせてもらい、新しい地平を見させてもらえています。それがどれほど現場の人間たちにとって刺激や励みになっているか知れません。

やまなみ工房としてもさまざまな取り組みを行ってきていますが、どうしても施設だけでは福祉の枠組みの中に収まってしまったり、関係者など内部の出来事で終わりがちということは否めません。

けれど、ヘラルボニーさんと一緒にさせていただくことで福祉やアートにまったく興味のない人たちのもとへも届き、そこで触れた人々がさまざまに見方を変えていってくれます。

大路 裕也(Hiroya Oji)さんは、雑誌や画集を見て人物や動物を模写する。しかし生み出された作品は、誰もが予想のつかない、まったく別の色や形へと変化していく。いったい彼の目に、世の中はどんなふうに映っているのだろうか。

ヘラルボニーは“障害者”ではなく“個人”に光を当ててくれた。

山下:それから、日々ご一緒させていただく中で、松田兄弟をはじめヘラルボニーのスタッフの方たち全員から“私たちと同じ方向を向いてくださっている”と思わせていただいています。やはり「自分たちだけじゃない」、同じ目標に向かって並走してくださる人たちがいてくれるということは、ものすごい力になるんです。

同じ時代に生き、一緒の方向を向いて、思想を共有できているということはとても大事なことです。私たちにとって、皆さんとご一緒させていただいていることすべてが嬉しいことなんですよ。
田村拓也(Takuya Tamura)さんの作品は、NHKの福祉番組「バリバラ」にも使われている。
――そのように伺うと、私たちヘラルボニーが果たすべき役割は何なのかということを改めて強く考えます。

山下:先ほどお話した通り私たちが考えている一番のことは、この施設の、目の前にいる人たちのことであり、一日一日彼らが不安定にならず心穏やかでいられるか、幸せに過ごしてもらえるかどうか。ヘラルボニーさんとご一緒できることで、我々は目の前の人と向き合うことにより集中できる。そこから先はバトンを渡せる、という心強さを与えてもらっていますから。

障害があるがゆえに不幸だとか、こうしなくてはいけないという価値観に長く縛られ、圧倒的に選択肢も夢も持てない環境に彼らが置かれてきたということは事実としてあったとは思います。それがヘラルボニーによって、今までとまったく違ったかたちで社会とつなげてくださっている。

彼らは素敵なんだ、かっこいいんだという、違った現実に変えてくださった。 “障害者”ではなく、“個人”に光を当ててくれた。だから社会が変わっていっているのを肌で感じさせてもらっています。

――代表の松田をはじめ、変えていきたいという反骨心にも似た強い思いは持ち続けています。

山下:障害とはそもそも人と人の間に生まれるものです。固定観念で、こういうものだ、みたいな思い込みや決めつけがなされてきたのだと思いますが、ヘラルボニーのおかげでそれがなくなってきている。価値観が変わってきつつあるんだと思います。
今では、目指すべき社会環境に少しずつなってきているという手応えを持つことができています。

――今後、障害に対する社会のイメージが変わっていくために、どんなことが必要だとお考えですか?読者の皆さんへのメッセージをお願いします。

山下:障害のある人を差別したり、偏見を持ったりする人は本来いないと思っています。ただ彼らのことを正しく理解する機会や手立てがないのでどう接していいのかわからない人が多いだけなのかなって。障害は人と人の間に生まれるもの。だからもっともっとみんなが出会う機会を増やせばきっと互いに理解しあえるんじゃないかな。僕たちの力で必ず障害をなくすことができる。そう信じています。

HERALBONYオンラインストアでは、やまなみ工房に所属する作家のアート作品を販売中です。ぜひチェックしてみてください。
山下完和(やました・まさと)プロフィール
1967生まれ。三重県伊賀市在住。社会福祉法人やまなみ会やまなみ工房 施設長。高校卒業後、プー太郎として様々な職種を経た後、1989年5月から、障がい者無認可作業所「やまなみ共同作業所」に支援員として勤務。その後1990年に「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、互いの信頼関係を大切に、一人ひとりの思いやペースに沿って、伸びやかに、個性豊かに自分らしく生きることを目的にさまざまな表現活動に取り組む。2008年5月からはやまなみ工房の施設長に就任し現在に至る。

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