福祉界のレジェンドが語る「僕が人を100%肯定できる理由」 やまなみ工房施設長インタビュー【前編】
2024年06月21日
INTERVIEW
障害のある人が毎日通う「障害者福祉施設」。一見、華やかに思えない場所で、世界的に評価される作家を輩出している福祉施設があります。
滋賀県甲賀市にあるアートセンター&福祉施設「やまなみ工房」は、これまでまったくアート活動をしたことがない人が通う一般的な福祉施設であるにもかかわらず、結果として通所者の約9割が、現代アート作家としてオリジナルの作品を生み出し、世界的にも評価を得ているという驚異的な実績を持つ福祉施設です。
HERALBONYでも数多くのプロダクトに起用されている「やまなみ工房」の作品たち。なぜこれだけの作品が、異彩作家が、この福祉施設から生まれているのか?
今回の「HERALBONY&PEOPLE」では、その秘密に迫るべく、「やまなみ工房」の施設長をつとめる山下完和(やました・まさと)さんにお話を聞きました。
山下完和(以下、山下):はい。私たちやまなみ工房のスタッフが考えていることは一貫していて、「ここに通っているひとりひとりが、その日一日を穏やかな気持ちで過ごせるためにはどうしたらいいか」ということです。そのためにはどうしたらいいんだろう? 今の状態は彼らにとっての幸せなのだろうか? その自問自答を続ける過程で生まれてきたもの、実践してきた試みが結果的に周りの方からアートの作品だと言ってくださるものであり、周囲の方々といろいろなコミュニケーションを生んでくれるきっかけにもなったのです。
山下:そうですね。だからこうしてやまなみ工房の施設長をさせてもらっていますが、僕が確立した哲学とかがあるわけじゃなくて、彼らという存在をありのままに体現したいという、シンプルにそれだけなんです。あるいは、彼らから与えてもらった愛情とか思いやりに対して返したいというか。
そのように考え始めると、“社会に適応させるため”という大前提の中でのルーティンや目標設定ではなく、とにかくまずは彼らの日常の笑顔を保証したい。そのためにはどうするのがいいんだろう? そこから今のようなスタイルになっていったんです。
経営論とか中期目標とかそういうことでなくて、今目の前にいる人に対してどうしたらもっとワクワクしてもらえるのか? ひたすらそれだけで動いているかもしれません(笑)
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――以前から、山下さんの「誰に対しても温かい、100%寛容な心」はどこで育まれたのだろうと不思議に思っていました。お話を伺っていると、ここでの人との出会いによってつくられてきた、というように聞こえます。
山下:まさにそうで、今の僕は彼らとの出会いによって形成されていると言っても過言ではない気がしています。
周囲から偏見めいたことを言われても相手のことを悪く言ったりしない彼らのような人たちと日々過ごしていると、イライラしたり八つ当たりしたり虚勢を張ったりする自分がすごくかっこわるく思えてくるんですよ。自分もそんな人になりたくないし、あの人たちに嫌われたくない、がっかりされたくない、という思いが根底にあるように感じています。
よくこの仕事は、彼らの発達をサポートしているかのように見られがちですが、実はここにいて終わりなき成長を促してもらっているのは僕らの方なんじゃないか、ってよく思うのです。
山下:確かに、彼らは洋服をひとりで着たり、ごはんをこぼさずに食べたりするのは難しい人たちかもしれません。買いものをするためにお店へ行ってお金を渡すことも上手ではないかもしれません。
でも画材が必要なら、私たちが探してそこに置けばいい。使うか使わないかは彼ら次第ですが、ご承知のように、彼らがすごいバイタリティでさまざまなバリエーションの作品を生み出している状況が日々ここにはあります。
人目も気にせず自分の大好きなことを100パーセントでやり続けることができる人たちは羨ましいし、かっこいいですね。僕は音楽が好きなのですが、売れる売れないに関係なくひたすら自分の歌を歌い続けるロックスターと共通するものを彼らに対して感じるときがあるんですよね。
彼らはいつもブレない。人が生きるうえでもっとも大切にしなければいけないことは彼らの生き様から学んだのです。
後編では、引き続き山下さんの価値観や考え方について、また、やまなみ工房とヘラルボニーの関係性についても聞いていきます。
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後編につづく>> 「彼らは健常者に追いつこうなんて思っていない」やまなみ工房施設長 山下完和さんインタビュー【後編】
山下完和(やました・まさと)プロフィール
1967生まれ。三重県伊賀市在住。社会福祉法人やまなみ会やまなみ工房 施設長。高校卒業後、プー太郎として様々な職種を経た後、1989年5月から、障がい者無認可作業所「やまなみ共同作業所」に支援員として勤務。その後1990年に「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、互いの信頼関係を大切に、一人ひとりの思いやペースに沿って、伸びやかに、個性豊かに自分らしく生きることを目的にさまざまな表現活動に取り組む。2008年5月からはやまなみ工房の施設長に就任し現在に至る。やまなみ工房の公式サイトはこちら
滋賀県甲賀市にあるアートセンター&福祉施設「やまなみ工房」は、これまでまったくアート活動をしたことがない人が通う一般的な福祉施設であるにもかかわらず、結果として通所者の約9割が、現代アート作家としてオリジナルの作品を生み出し、世界的にも評価を得ているという驚異的な実績を持つ福祉施設です。
HERALBONYでも数多くのプロダクトに起用されている「やまなみ工房」の作品たち。なぜこれだけの作品が、異彩作家が、この福祉施設から生まれているのか?
今回の「HERALBONY&PEOPLE」では、その秘密に迫るべく、「やまなみ工房」の施設長をつとめる山下完和(やました・まさと)さんにお話を聞きました。
今までの人生で出会ってきた中でもっとも尊敬できる人たち
――やまなみ工房さんとは既にさまざまなプロジェクトをご一緒させてもらっていますが、現在97名がこの施設に通われていて、そのほとんどの方が作品を日々つくっていらっしゃいます。ただ、山下さんはいつも「アートをしようと思って始めたわけではない」ということをおっしゃいますよね。
山下完和(以下、山下):はい。私たちやまなみ工房のスタッフが考えていることは一貫していて、「ここに通っているひとりひとりが、その日一日を穏やかな気持ちで過ごせるためにはどうしたらいいか」ということです。そのためにはどうしたらいいんだろう? 今の状態は彼らにとっての幸せなのだろうか? その自問自答を続ける過程で生まれてきたもの、実践してきた試みが結果的に周りの方からアートの作品だと言ってくださるものであり、周囲の方々といろいろなコミュニケーションを生んでくれるきっかけにもなったのです。
――福祉作業所という場所では、下請けで内職をこなせるようになることで社会適応をサポートするというのが従来行われてきましたが、現在のように、彼らのしたいこと・好きなものを優先させようと思うようになったのはどういうきっかけだったのですか?
山下:私がやまなみ工房で働くようになったのは今から35年前のことですが、かつてはおっしゃる通り下請け作業一辺倒な日々がありました。私自身入って間もない頃は目の前にいるのはできない人たち・かわいそうな人たちであり、こちらが教えてあげる/少しでも私たちのしていることをできるようにする、という発想があったように思います。自分たちより下に見ていた、ということもできるかもしれません。
でも彼らと一緒に過ごす時間が増えていくうちに、まったく違う印象を持つようになっていったのです。あの人たちはどんなときでも温かくにこやかに迎え入れてくれる。相手のことを思いやることができ、人のことを悪く言ったりすることが決してない。こちらが何度失敗しても変わらず接してくれて、やり直すチャンスを何度でも与え続けてくれる。
私がこれまでの人生で出会ってきた中でもっとも尊敬できる人たちだ、ということに気づいた。そこから発想も変わっていったと思いますね。
成長させてもらっているのは誰か?
――「してあげている」つもりだったが、むしろ「与えられている」ことに気づいたというわけですか。
山下:そうですね。だからこうしてやまなみ工房の施設長をさせてもらっていますが、僕が確立した哲学とかがあるわけじゃなくて、彼らという存在をありのままに体現したいという、シンプルにそれだけなんです。あるいは、彼らから与えてもらった愛情とか思いやりに対して返したいというか。
そのように考え始めると、“社会に適応させるため”という大前提の中でのルーティンや目標設定ではなく、とにかくまずは彼らの日常の笑顔を保証したい。そのためにはどうするのがいいんだろう? そこから今のようなスタイルになっていったんです。
経営論とか中期目標とかそういうことでなくて、今目の前にいる人に対してどうしたらもっとワクワクしてもらえるのか? ひたすらそれだけで動いているかもしれません(笑)
> 川邊 紘子のアートポスターはこちら
――以前から、山下さんの「誰に対しても温かい、100%寛容な心」はどこで育まれたのだろうと不思議に思っていました。お話を伺っていると、ここでの人との出会いによってつくられてきた、というように聞こえます。
山下:まさにそうで、今の僕は彼らとの出会いによって形成されていると言っても過言ではない気がしています。
周囲から偏見めいたことを言われても相手のことを悪く言ったりしない彼らのような人たちと日々過ごしていると、イライラしたり八つ当たりしたり虚勢を張ったりする自分がすごくかっこわるく思えてくるんですよ。自分もそんな人になりたくないし、あの人たちに嫌われたくない、がっかりされたくない、という思いが根底にあるように感じています。
よくこの仕事は、彼らの発達をサポートしているかのように見られがちですが、実はここにいて終わりなき成長を促してもらっているのは僕らの方なんじゃないか、ってよく思うのです。
好きなことを続ける姿勢は、ロックスターに通ずる
――ここに通われている方々のことが、大好きなんですね。
山下:確かに、彼らは洋服をひとりで着たり、ごはんをこぼさずに食べたりするのは難しい人たちかもしれません。買いものをするためにお店へ行ってお金を渡すことも上手ではないかもしれません。
でも画材が必要なら、私たちが探してそこに置けばいい。使うか使わないかは彼ら次第ですが、ご承知のように、彼らがすごいバイタリティでさまざまなバリエーションの作品を生み出している状況が日々ここにはあります。
人目も気にせず自分の大好きなことを100パーセントでやり続けることができる人たちは羨ましいし、かっこいいですね。僕は音楽が好きなのですが、売れる売れないに関係なくひたすら自分の歌を歌い続けるロックスターと共通するものを彼らに対して感じるときがあるんですよね。
僕が人を肯定できるのは、彼らが僕を肯定し続けてくれたから
――今お話を伺って、ありのままの彼らを肯定するやまなみ工房のあり方の理由が少しわかった気はします。ただ思い返せば、普段私たちが自らの職場や家庭で身近な同僚や子どもにそのように接することができているかと自問自答するとなかなかそうできていないかも、と思ってしまいます……。言うは易し行うは難し、といいますか、なぜ山下さんはそのようなことができていると思われますか。
山下:それは……どうでしょう、僕が彼らから繰り返し繰り返し肯定し続けられたからかもしれないですね。見ての通り私は福祉施設の施設長らしくない見た目をしていますが(笑)、彼らはキャリアや経験とか関係なく受け入れてくれる。だから僕も自然とそんな人になりたいと思うようになったのだと思います。
彼らはいつもブレない。人が生きるうえでもっとも大切にしなければいけないことは彼らの生き様から学んだのです。
相手に対して、ありのままを肯定すること。簡単なようで難しい、でも人が生きる上で大切なことを障害のある人から学んだという山下さん。私たち取材陣も施設を見学させていただいたのですが、本当に人懐っこくてチャーミングな方々ばかり。自分の絵を見てもらうことが大好きで張り切る人。初めての人と出会いに胸を踊らせ興味津々な目を向けてきてくれる人。皆、初めて会ったはずなのに、何の疑いもなく私たちを受け入れてくれて、“ここに居ていいんだ”という雰囲気を肌で感じさせてくれました。
後編では、引き続き山下さんの価値観や考え方について、また、やまなみ工房とヘラルボニーの関係性についても聞いていきます。
HERALBONYオンラインストアでは、やまなみ工房に所属する作家のアート作品を販売中です。ぜひチェックしてみてください。
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後編につづく>> 「彼らは健常者に追いつこうなんて思っていない」やまなみ工房施設長 山下完和さんインタビュー【後編】
山下完和(やました・まさと)プロフィール
1967生まれ。三重県伊賀市在住。社会福祉法人やまなみ会やまなみ工房 施設長。高校卒業後、プー太郎として様々な職種を経た後、1989年5月から、障がい者無認可作業所「やまなみ共同作業所」に支援員として勤務。その後1990年に「アトリエころぼっくる」を立ち上げ、互いの信頼関係を大切に、一人ひとりの思いやペースに沿って、伸びやかに、個性豊かに自分らしく生きることを目的にさまざまな表現活動に取り組む。2008年5月からはやまなみ工房の施設長に就任し現在に至る。やまなみ工房の公式サイトはこちら