本当の幸せって何だっけ? 私たちが知的障害のある人から学ぶべきこと

もっと価値のある人間になりたい。

無意識に、相手にも自分にも「有用な存在であるべき」という思いを抱いている人は多いのではないだろうか。

長年、障害福祉界を牽引している2人のレジェンドがいる。るんびにい美術館(岩手県花巻市)のアートディレクター・板垣崇志さんと、やまなみ工房(滋賀県甲賀市)の施設長・山下完和さんだ。

「福祉施設」と聞いて、私たちはどんなイメージを持つだろう? お世辞にも、クリエイティブな思想や創造性とは結びつかない、社会性とは程遠い閉ざされた場所を連想するのではないだろうか。しかし彼らは、社会から抑圧される立場である知的障害のある人たちが、ありのままの自分を存分に表現できる場所をつくるため、福祉の現場にアート創作活動を取り入れた。その結果、彼らの施設から知的障害のある作家を数多く輩出し、世界的にも高い評価を得ている。

今回のトークイベントは、知的障害のある作家が生み出すアートを使ってライセンスビジネスを行うヘラルボニー代表・松田崇弥と副代表・松田文登がファシリテーターとなり行われた。そこで見えてきたのは、意外にもいまこの時代を息苦しく生きる私たちにこそ必要な、新しい価値哲学だった。 

るんびにい美術館との「約束事」

松田崇弥(以下、崇弥):最初に、自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。

板垣崇志(以下、板垣):岩手県花巻市にある「るんびにい美術館」でアートディレクターを務めております、板垣と申します。るんびにい美術館は、社会福祉法人光林会が運営するアートと憩いの空間です。私は、1997年頃から農作業や余暇活動の支援といった形で関わり始め、2007年にるんびにい美術館が立ち上がったときから運営に携わってきました。

山下完和(以下、山下):滋賀県甲賀市にあるアートセンター&福祉施設「やまなみ工房」で施設長を務めております、山下と申します。やまなみ工房には、現在97名の方が在籍していて、皆さんが思い思いのタイミングで、自分のしたいことを、したいように進めています。へラルボニーさんや、るんびにい美術館さんとたまたまご縁をいただき、彼らが活躍できる場が広がったことは、本当に嬉しいことだと思っています。

崇弥:私は、7年近く前に、初めてるんびにい美術館でアート作品を見たんです。気になって色々検索をかける過程で、やまなみ工房についても知り、こういう世界が存在するんだと衝撃を受けました。いてもたってもいられなくなり「作家さんの作品を使って、“るんびにいタイ”というネクタイを作りませんか」という企画書を作って、板垣さんに送ったんですよね。

老舗紳士洋品店「銀座田屋」にお願いして実現したアートネクタイ。繊細かつ上品な光沢を可能にしているのは職人によるシルク織りの技術。

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崇弥:板垣さんから最初に言っていただいたことで、忘れられないのは「作家さんの意向や、作家さん本人が本当に許諾しているかどうか。そういったところを忘れずにやってほしい」という言葉。それを約束事として、こうして一緒に5周年を迎えられたことに、とても感謝しています。

松田文登(以下、文登):私は今日、障害福祉界のレジェンド的なお二人とお話できることを楽しみにしていました。今後、ヘラルボニーがどういった方向を目指していくのか、それから、障害者福祉はこの先5年、10年でどう変わっていくべきか、みたいなところもお話しできたら嬉しいです。

ダメなことも「あなたが幸せなら、やりなよ」と言ってあげられる力

 

やまなみ工房 施設長・山下完和さん(左)/るんびにい美術館 アートディレクター・板垣崇志さん(右)

 

崇弥:お二人は、福祉という現場で創作表現を行うことをどんなふうに捉えていらっしゃいますか。

板垣:私は、実はアートが好きでこの活動をやっている訳ではないんですよね。人間は、自分の内側にあるものをちゃんと表現していかないと、生きている事実を紡いでいけないと思っています。それは障害の有無に関わらず、どんな人間も同じだと思っています。そんな中、知的障害のある方や、精神障害がある方は、自分を表現することにおいて、色々な方向から抑制される立場にあると思うんですね。なので、まずは紙の中とか、作品の中で存分に自分を表現してもらおうと。紙の中であれば、誰かに迷惑がかかることもないですからね。とにかくここだけは、存分に自分を表現できるというフィールドを確立し、その上で社会に広げていくお手伝いをする。そういった枠組みが、福祉であると捉えています。

山下:僕はとてもシンプルで、彼ら(知的障害のある人)と過ごす中で、どうすれば穏やかに過ごせるんだろう?とか、何をしたら幸せなんだろう?を突き詰めて考えていった結果、今のような「福祉施設でのアート創作」という形になったというだけなんですよね。決してアートで成功して欲しいとか、有名になって欲しいとか、これまでもこれからも、考えていないんです。

るんびにい美術館や、やまなみ工房には、世間から「これは問題だろう」と驚かれるような表現をされる方もいるかもしれません。例えば、るんびにいの作家さんの中に、糸を繋いでいく方がいるじゃないですか。

崇弥:似里力さん(以下、力さん)ですね。糸をチョキンと切って、それを結んで数珠のように繋ぎ、玉を作っているんですよね。

似里力(にさと・ちから)1968年生まれ、岩手県在住。花巻市の〈るんびにい美術館〉にあるアトリエ〈まゆ~ら〉にて創作活動を始める。当初は既存の図案に沿った刺繡などを行っていたが、2009 年より糸玉「無題」の制作を開始。この作品で2009年「岩手県芸術祭現代美術部門」優秀賞を受賞。現在も同作品を作り続けている。参考記事:日本財団DIVERSITY IN THE ARTS TODAY

山下:あの方を見たときに「やまなみの人たちの作品も全て肯定することができる」って、確信できたんですよ。

板垣:山下さんがるんびにいに初めていらっしゃったのは、力さんが糸玉を作り始めてまだ間もない頃だったと思います。その後、15年経っても同じように、ひたすら糸を結んで繋いでいて。この行為って、元々はやっちゃダメって言われていたんですよ。売り物にする糸をこっそり切って結んでしまうので、見つかるたびに注意されていて……。でも絶対にやめないので、好きに続けてもいいということにしたら、いつの間にかすごい糸玉ができ上がっていた。とはいえ、力さんは多分、糸玉を作ろうとはしていないんです。あの切って結んでいくというプロセスを、ただ楽しむためにやっているんだと思います。

山下:「それをすることであなたが幸せなら、やりなよ」って言ってあげられる、その力ってすごいですよね。「いい作品を作ろう」とか「うまいことヘラルボニーさんに引っかかってくれないかな」みたいな思いじゃなく、彼ら一人ひとりの幸せと向き合うことが、やっぱり僕たちの現場には必要なんだと思います。

知的障害のある作家本人はアートだと思っていない可能性

ヘラルボニー 副代表・松田文登(左)/ヘラルボニー 代表・松田崇弥(右)

崇弥:へラルボニーでは、たくさんの異彩の皆さまにご契約いただいていますが、その中には、本人がアート作品を作りたいと思って活動していないパターンも存在していると思っています。力さんの糸玉のように、本人がどうしてもやりたい行為を、アートと名づけて社会に発露させる。そうすることで、資本主義社会の中で、数十万円の価値がついて取引されるものになっていくんです。このやり方が、作家さんにとって乱暴な行為になり得るかもしれないということは、私自身もすごく感じる部分があって……。板垣さんとの「約束事」にも通じますが、作家さんが本当に望んでいるかということに、真摯に向き合い続けていかなきゃいけないと思うんですよね。

文登:果たして、その行為をアートと名づけるのが本当に正しいのか、みたいな議論になっていきますよね。

板垣:そこは、福祉とアートを考える上で、すごく興味深いポイントだと思います。るんびにいの方々を見ていても、自分が表現しているものを「アート」と呼ぶ方はいないんです。「これは作品です」「これはアートです」「私は作家です」みたいな、そういう仕切りが、作者の方たちには見えていない。

山下:おっしゃる通りですね。やまなみにも「僕は作家です」とか「これは作品です」とか、「展覧会に出すために頑張ります」なんて言う方は一人もいません。

板垣:いま、世の中が色々な価値観に縛られて硬直する中で、何かうまくいかない、何か変えなきゃいけないんじゃないか、ってもがいている方がたくさんいると思います。知的障害のある方々は、その縛りがリセットされた景色を知っていると思うんですよ。アートや作品といった仕切りに捉われず、ただ表現したいから手を動かす。これは、世の中を正常化していく上ですごく大事な視点だと思っています。

相手に意味や価値を求めるのは自然界において人間だけ

やまなみ工房 施設長・山下完和さん(左)/るんびにい美術館 アートディレクター・板垣崇志さん(右)

崇弥:るんびにい美術館や、やまなみ工房がこれから目指すところは? そこに、ヘラルボニーはどう関わっていけるでしょうか。

山下:僕は、計画やビジョンを立てるのが苦手で、思いつきのようなことばかりして、これまでやまなみ工房をかき回してきてしまったと思っているんですけれども……。それでも、どんなことをすれば利用されている方々やスタッフが喜ぶかな、びっくりするかなって考えているうちに、アイデアが降りてくることがある。なので、これからも、楽しいと思うことを選んでやっていきたいと思っています。ヘラルボニーさんには、願わくばもっと派手に、どんどん前だけを見てやっていって欲しいですね!僕たち自身も、振り落とされないように頑張りたいと思います。

板垣:世の中において、人間は昔から「生まれてきたからには何かを達成しなければいけない」という価値観に晒されていると思っています。みんながその価値観を受け入れて、なんとか従って頑張っていると思うんですよ。でも、それ自体が人の分断や排除を生んでいる大きな原因ではないかと考えています。

さっきお話に出てきた力さんのように、売り物である糸を切り、価値を損なってしまうことだったり、今では人気アーティストとなった小林覚さんも、最初は「覚さんが変な字を書き出した!大変だ、これは異変だ!」というところから始まっているんですよね。

このように、世の中の役に立たないと烙印を押されるような物や行為って、実は私たちからも多く出てくるものだと思うんです。でも、それをなるべく出さないようにとか、みんなが喜ぶものを出さなければいけないという価値観に縛られている現状がある。そこで、力さんや覚さんの作品を見て、「なんか理由はないけどいいよね」「心が揺さぶられるよね」と思う体験が広がれば、そういった価値観を変えていく1つの切り口にアートが役割を果たしてくれるのではと考えています。

文登:「何かを達成したから優れている」「何も達成せず生きるのは堕落だ」といった価値観に縛られる必要はない、と。

板垣:相手に公共の意味や価値を求め、それによって有用とそうでないものとを分けていく行為って実は人間同士だけなんですよ。人間以外の動植物は、そういう意味とか価値でお互いを判断しません。この「意味や価値に基づく否定」をやめられないかなって思ってるんですよ。もっと緩めていくことができるはずだ、と。

知的障害と呼ばれる世界には、現在をどう変えていったらいいかのヒントがあると思っていて。私たちが関心を持とうとしなかった、そちら側から見ようとしていなかっただけで、知的障害のある方々は、私たちが知らなかった大事な知恵を自らのものとして遥か昔から持ち続けているんです。そんな中で、ヘラルボニーのビジネスは「向こう側からの景色を見て見たい」という人を増やしていってると思っています。

崇弥:ヘラルボニーも5周年を迎え、社員が増えたり、企業の投資が入ったり、何期までにこの程度の売上高を達成しなきゃいけないといった経営目標があったりして、社会的な約束を果たしていくレールの上に乗っています。会社としてその約束を果たしていくことは大事ですが、本当に大切にしなければいけないのは、作家さんやその親御さん、福祉施設さんの想いであると、今回のセッションを通じて改めて確認できました。お二人とも、非常に視座深いセッションをありがとうございました。 

※この記事は、2023年7月23日(日)に開催されたヘラルボニー5周年イベント『異彩の感謝祭』で行われたクロストークの内容を編集し、記事化しております。

※本イベントは、有料イベントのため記事化を想定しておりませんでしたが、福祉の最前線で挑戦をし続ける人たちの言葉を社会へ伝搬させることがヘラルボニーの役目であると考えたため、このような形で一般公開させていただいております。