「謙虚」と「卑下」はどう違う? 失敗した時にこそ大切にしたいこと【篠田真貴子✕松田崇弥】《HERALBONYと言葉哲学》

 ふだん何気なく使っているいろんな「言葉」ーーその言葉の裏側にあるものについて素朴に、とことん哲学していく連載「HERALBONYと言葉哲学」がスタートしました。

これまで言葉に埋め込まれたさまざまな「先入観」と向き合い、アップデートしてきたヘラルボニー。この連載では、ヘラルボニーの松田両代表が、ビジネス、アート、福祉、アカデミアなど多様な領域で活躍するオピニオンリーダーの皆様と、「言葉の哲学」を紡ぐことで、言葉の呪縛を解き放ち、80億の「異彩」がいきいきと活躍できる思考の輪を広げていきたいと思います。

初回は、エール株式会社取締役の篠田真貴子さんと「謙虚」という言葉について哲学していきます。

ベンチャーだからこそ大切にしたい師匠の言葉

松田崇弥(以下、松田):今回、この連載で最初に哲学する言葉として「謙虚」を選んだのには、理由がありまして。実は、ヘラルボニーではメンバーみんなが大切にするバリュー(行動指針)として「誠実謙虚」を掲げているんです。

でも、その言葉が本当に意味するところは何なのか? 経営に携わる僕らはもちろんのこと、メンバーも、作家さんたちも、その他ヘラルボニーに関わってくださる皆様にちゃんと伝わるようにもっと解像度を上げていきたいなと思い、ぜひ篠田さんと一緒に哲学していきたいな、と選びました。

篠田真貴子さん(以下、篠田):そうだったんですね。とても素敵な言葉だと思います。「謙虚」は私自身も好きな言葉。一緒に哲学していきましょう。

松田:ありがとうございます。創業から5年が経過して、これからヘラルボニーという会社として何を大切にしようかな、と考えた時に「これだ」と感じたのが「誠実謙虚」でした。

その背景をちょっと説明させていただきますが、その際に欠かすことのできない存在が、私の「師匠」とも言える放送作家・脚本家の小山薫堂さんです。小山さんは、私の大学時代のゼミの先生でもあり、前職の社長でもある方。初の新卒入社として小山さんの会社に入社した時、本当に仕事のできない新入社員だったんですけど、新年のご挨拶として小山さんに「今は本当にダメな自分ですが、これから頑張ります」とメールをお送りしたんです。その際、とても素敵なお返事をいただいて。

その中にこんな一節があったんです。「あらゆる人に気を配り、誰よりも謙虚な人になりなさい。謙虚である限り、周囲の人たちが、たくさんの知恵やヒントを与えてくれます。手助けをしてくれます。今の君は十分に謙虚です。その姿勢を忘れることなく、もっともっと熱量のある仕事をしてください。

この言葉を、私は人生のお守りとしてずっと大切にしてきました。今もこうして大事にスマホの中に保存しては時々読み返しています。

篠田:本当にいい言葉ですね。

松田:スタートアップにはやはり成長が求められますから、「これから売上を何倍にしていくぞー!」といったイケイケな雰囲気になりがちです。でも、その中でも小山さんからのメッセージにあるように「謙虚」の姿勢を忘れず貫いていきたい。そして誠実でありたい。それを自分自身だけでなく会社全体として大切にし続けていれば、やがて、みんなから本当の意味で応援していただけるような存在になれるのではないかと考え、バリューとして据えました。

苦しい時、自分の枠を超えて学ぼうとする「知的謙虚さ」

篠田:今のお話を伺って、めちゃくちゃ共感しました。私自身も「指針」というほどのものでもないですが、「嘘にならない」っていうのは気をつけています。「嘘をつかない」だと意図が入ってしまうので、「嘘にならない」。私、「知的謙虚さ」という言葉が大好きなんですけど、その言葉と重なってくるんです。

例えば、将棋には対局終了後に「感想戦」がありますよね。負けても勝ってもフラットに「ここでこう指したから、局面が変わりましたよね」と振り返るわけです。負けた方なんて、本当に悔しいはず。人によってキャリアが終わってしまう場合もありますから。

それでも自分の個人的な感情とは切り離して、この局面から学ぶべきことは何なのか?と真剣に向き合う。あの態度がまさに「知的謙虚さ」だと思います。あの姿勢が大好きだし、憧れています。

「嘘にならない」には、そうした「知的謙虚さ」や、自分という枠を超えて全体にとってよいことに向かうという姿勢が含まれているのではないでしょうか。

松田:ああ、めちゃくちゃいい話です。

篠田:短期的に物事をうまく運ぼうとしたら、Aさんにはこう言って、Bさんには別のことを言って、何となく物事を丸く収めるなんてことも、オトナとしてできちゃったりするわけですよね。でも、長期的に、大勢の人が関わり合いながら物事を進めていく過程では、そんな態度は通用しない。結局、「本当のこと」しか通用しないなって思うんです。

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「長い物に巻かれてしまった経験」から学んだこと

松田:「本当のこと」しか通用しない。まさに自分自身への反省も込めて、そう思います。僕自身、うすっぺらい人間なので、逆に「本当じゃないこと=うすっぺらいこと」にはとても敏感なところがあって。

ヘラルボニーを創業して2、3年目、いくつかの量販店にライセンシングしたことがありました。その後、店鋪へ見にいくと、作家さんの作品が印刷された商品が、セールで山積みにされていたんです。それを目にした時に、会社のブランドも、作家さんの大切な作品も毀損させてしまったのだと気づいて愕然としました。すぐにライセンシングした企業には頭を下げて、取り組みを終了させていただいたという苦い過去があります。

その時はやはり、自分たちが本来あるべきところから外れて、「長い物に巻かれてしまった感」がありました。

篠田:「やってしまった…」と。

松田:本当にそうです。「やってしまった…」と深く後悔しました。

世界的なアーティスト・草間彌生さんの作品は、お手頃なグッズや雑貨に印刷されたりしていますが、それは草間さんの作品自体がMoMA(ニューヨーク近代美術館)のような世界的な美術館にも収蔵され、アートとして揺るぎない価値が認められているからです。

将来的に、ヘラルボニーが「文化企業」と呼ばれるようになればと考えているんです。そのためには、一般の方が購入できる商品をしっかり売って収益を出していくことも大事ですが、同時に、作家さんの作品がアートとしての価値を認められていくための取り組みも進めていかなくてはいけない。その両輪が揃って初めて、「本物」になれるのではないかと考えています。量販店との取り組みは、そこから明らかに外れていました。

篠田:でも、創業まもないスタートアップで量販店からの依頼がきたら「よっしゃ!」ってなりますよね。

松田:なりましたね(笑)。どんどんやろう!稼げるなら何でもやろう!大手からのオファーだし嬉しい!って。

篠田:そうですよね、どこのベンチャーだってそうなりますよね。

松田:はい……。その分、後から自分の中でズシンときました。

「謙虚」と「卑下」の違いとは? 失敗した時にとりがちな態度

篠田:松田さんがおっしゃった「やってしまった…」という事態って、事業をやっている方に限らず、個人レベルでもよくあることですよね。私自身もよくあります(笑)。そういう場合に、過剰に「私のせいです。私が悪いんです。もう消えてしまいたい……」という反応をしてしまいたくなる方は多いと思います。でも、それって「謙虚」ではなくて「卑下」なんです。

どこまでも自分を下げることが「謙虚」であるという誤解が、世の中にはある気がしていて。でも、そうじゃない。「謙虚」と「卑下」は混ぜるな危険!です。

「謙虚」とは、他者から見た自分や、全体を俯瞰して見ている自分が意識されている状態ではないかと常々思っています。つまり、いわゆる「メタ認知」がある状態ですね。それに対して、「卑下」はそれがまったく欠落していて、ただただ自分を責めて貶めているだけの状態。実はかく言う私もよく「卑下」の状態に陥るので、自戒も込めてお話しさせていただこうと思いました。

松田:僕自身「謙虚」が何であるかの言語化はとても難しいなと悩んでいたので、今とてもクリアに言葉にしてくださってハッとしました。

篠田:「卑下」してる時って、結局、独りよがりなんです。周囲の人にも気を遣わせるし、全体として何のプラスにもならない。もちろん、当の本人にはそんなつもりはまったくないんですが。

さらに言えば、「謙虚」であると、人とのいい関係が生まれてさまざまな機会も開かれますが、「卑下」していると、扱いにくい人と見られて逆に機会が遠のいてしまう。そういう違いが「謙虚」と「卑下」の間にはあるのではないでしょうか。ですから、企業として「誠実謙虚」の姿勢を貫き続けることが、信頼してくれる人を増やし、ブランドを築き上げていくことに繋がるのだと思います。

松田:ありがとうございます。そうおっしゃっていただいて、すごく嬉しいです。

第2回でも、引き続き、篠田真貴子さんと「謙虚」という言葉について哲学していきます。次回は、人や会社が「挑戦」することと、「謙虚」であり続けることは両立可能なのか?というテーマを中心に考えていきます。

後編はこちら>> 「チャレンジする姿勢」と「謙虚」は、どうすれば両立できるのか?【篠田真貴子✕松田崇弥|後編】

編集:海野 優子(ヘラルボニー)
文:まるプロ
写真:面川 雄大

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