審美眼は必要ない。編集者・軍地彩弓さんの「一生モノになるアート購入のすすめ」(中編)
ヘラルボニーを応援してくださっている方々に話を聞きにいく連載「HERALBONY&PEOPLE」。この連載では、普段からヘラルボニーの活動やビジネスに共鳴してくださっているあらゆるジャンルの皆さんにインタビューをしていきます。アート・ビジネス・デザイン・福祉・文化、さまざまな領域で「異彩」を放つ皆さんにとって「ヘラルボニーとはどのような存在なのか」を伺います。
記念すべき第1回は「編集者からみるヘラルボニー」と題して、編集者でファッション・クリエイティブ・ディレクターとしても知られる軍地彩弓(ぐんじ・さゆみ)さんが登場。
軍地さんとアール・ブリュットの出会いについて伺った第1回に続いて、第2回では、原画を購入して身近に飾るようになったきっかけについて聞きました。
前編:「ヘラルボニーは関わる人すべてを幸せにした」編集者・軍地彩弓さんインタビュー
中編:審美眼は必要ない。編集者・軍地彩弓さんの「一生モノになるアート購入のすすめ」→現在の記事
後編:軍地彩弓さん「ヘラルボニーの次なる挑戦は、アートの民主化」
「絵を買う」はお金持ちしかしない特別なことだと思っていた
ーー軍地さんはよく私たちのポップアップショップに遊びに来てくださっていて、原画も購入されていますよね。とても嬉しいです。
軍地:私にとってポップアップショップは、やっぱり原画を見るのが一番の目的ですね。ヘラルボニーには大好きな作家さんがたくさんいるんです。
昨年(2023年)夏に日本橋三越で開催されたポップアップショップでは、衣笠泰介(きぬがさ・たいすけ)さんの「アフリカンドレス」という作品を購入しました。もともと衣笠さんの作品が好きで。ライブペインティングで描いたファッションについての作品があると聞いて、これはもう私のために描かれた作品だよね、と即購入を決めました(笑)。
軍地:買いますね、いや、正確には「買うようになった」ですね。ここ7、8年のことです。やっぱり「絵を買う」って特別な人がすることだというイメージが自分の中にありました。それに絵を所有することが、どこか、作品を独り占めしてしまう「エゴ」のような感じがしてあまり好きではなかったんです。
それが変わったきっかけがニューヨークでの出来事でした。
10年ほど前にニューヨークを訪れた際に、友人が「明日、絵のオークションが近所であるから一緒に出かけないか」と誘ってくれたんです。お子さんが通っている学校のチャリティイベントとして開かれたサイレントオークション(※)でした。
※サイレントオークション=入札シートに入札希望価格を書き込んでいき、最後に一番高い金額を書き込んだ人がその品を買い取ることができるオークションの方法。
生徒の父兄が家にあるアート作品を持ち寄り、訪れた人が気に入った作品に価格を書き込んでオークションしていくんです。「これ有名な作家のじゃない?」という高額な作品もあれば、名もなき人の作品もあって。アートを買うのは当たり前だし、それをまたオークションにかけて交換し合うのも当たり前。アートが一般の人の間で普通に流通していて、自宅の壁を飾るものとして日常の中にある。そのことに衝撃を受け、アートを買うって特別なことじゃないよね、と気づきました。
ーーめちゃくちゃ素敵なお話!
ニューヨークの友人が「好きな作家さんを応援するためにもアートを買うの。それはインテリア雑貨や家具を買う感覚と変わらないの」と話しているのを聞いて、なるほど、と腑に落ちました。とはいえ、その体験だけではまだ私の中でアート作品を買うハードルは高かったんです。
一生モノのアートが1万円から買えることに気づいた
やがて、日本国内でも徐々に「買えるアート展」が増えてきました。安いものなら1万円ほど、高いものでも50万円以下で買える展覧会が開かれるようになり、以前のようにアートはお金持ちしか買えないものではなくなってきた。
例えば、2015年から始まった「UNKNOWN ASIA」というアートフェアがあります。アジア系のアーティストが集まる大きなイベントなのですが、ある時、そこですごく気に入った作品を1万円で購入したんです。「1万円で買えるの?」とびっくりして(笑)。以来、数万円から時にはちょっと奮発して数十万円のアート作品を購入するようになりました。
軍地:そうですね、でも「アート作品」って一生モノなんですよね。
アートを買う前から、器を集めるようになったのですが、器もアートも好きなものが身の回りにあると日々がぐっと楽しくなる。毎日見るものですから。
私の仕事柄、どうしても服やブランド物を買うことと比較してしまうのですが、例えば作家ものの器でも3000円くらいで買えたりするんです。服だったらファストファッションを買うような値段で一生モノが買えちゃう。
好きなアーティストを見つけて、その人の話を聞いて、家に持って帰りたいと思った作品を買って帰る。それってとても幸せなことですよね。「こんなに素敵なものを家に持って帰れるなんて」とウキウキした気持ちで最初に作品を購入したことを今でもよく覚えています。
いいコート一着より、気に入ったアートを一つ買いたい
――どういうところで作品を探していらっしゃるんですか?
軍地:「探す」というよりも、出会いなので出会えるかもしれないところに積極的に出かけていますね。このあいだも「アートと出会う」というコンセプトのYoutubeチャンネル「MEET YOUR ART」が開催するイベントを訪れて、一つ購入しました。他にも、知り合いの知り合いの作品を購入したり、何か仕事で関わりのある人の作品を購入したり、いろんな「出会い方」をしていますね。
アートとの「出会い」を求めるようになったのには、コロナ禍も大きく影響しているんじゃないかなと思います。あの時は、やっぱり、家の中をもっと自分にとって気持ちのいい空間にしたいという思いが強くなりましたよね。海外に行くこともなくなりましたし、洋服を買う理由もなくなってしまったので、「いいコートを一着買うくらいだったら、気に入ったアートを一つ買いたいな」と。
それに洋服って、実は買った後に反省することが結構あるんです(笑)。でも、アートはそれがない。「これ買わなきゃよかった」と後悔した作品はこれまで一つもありません。
最近では、俳優で画家としても活躍されている鈴木杏さんの作品や、ラフォーレ原宿で私がディレクションしている「愛と狂気のマーケット」という売り場で購入したぴょすさんの「天使と悪魔」の絵、あるいはヘラルボニー以外のアール・ブリュットの作品など、いろいろ買っていますね。
なので、うちじゅうにアート作品があります。特にトイレが可愛いアートでいっぱいなので、友達が遊びに来ると、「こんな幸せなトイレはない」と言ってくれます。
みんなが思うよりアートって身近だし、その世界にカジュアルに入っていい。私の話でそれが伝わるといいな、と思います。
アートを選ぶのに、ちゃんとした審美眼は必要ない
――アートは自分の「好き」を写す鏡でもあると思うんです。だから、アートとの出会いは、「自分自身が心から求めているものとの出会い」とも言える。買った後に後悔が生まれないのはそのためかもしれません。
軍地:そうですよね。アートって「買う目線」で見ると、また違って見えてくるんです。
「いい絵があったら買いたいなあ」と思って展覧会を回っていると、その絵との対話が始まります。「この子、うちに来たらどんな感じになるだろう?」と想像をめぐらせながら見るから。
友達が、私のコレクションを見て「やっぱり軍ちゃんらしい絵が並んでるねえ」って言ってくれるのですが、その意味で、私の人となりが、私の選んでいる絵に表れているのかなと思います。
たくさんアート展に出かけて行っても、たまにまったく響かないこともあります。「この作家は今注目で値段がこのくらい上がってて…」と説明され、その上で「買った方がいいですよ」と言われても、まったく心に響かない。最近のアート業界の投機的な流れとは、自分はまったく違ったところでアートと関わっているから。上がるから買うんじゃなくて、あくまで心地いいから買うんです。
アートを選ぶ時に、ちゃんとした審美眼がないといけないんじゃないかと思っている人は結構いると思います。でも、そういう感覚が逆に目を曇らせちゃう。単純に「好き」という感情が自分の中で生まれる作品を買えばいい。私の場合だと、ちょっとクスッと笑えるもの、明るい気持ちになるもの、鮮やかな色合いのものを選んでます。並べてみるとやっぱり「私らしいな」って感じます。
だから、本当にお洋服を買いに行くような気持ちでアートを買いに行けばいいんじゃないかな、と。
第3回では、軍地さんが購入した一つの原画を通じて見えてくる「アートの民主化」について聞いていきます。
→NEXT:軍地彩弓さん「ヘラルボニーの次なる挑戦は、アートの民主化」