「無題」アートの楽しみ方 異彩作家・工藤みどりの作品を心のままに感じてみる【異彩通信#10】

「異彩通信」は、異彩伝道師こと、Marie(@Marie_heralbony)がお送りする作家紹介コラム。異彩作家の生み出す作品の魅力はもちろん、ヘラルボニーと異彩作家との交流から生まれる素敵な体験談など、おしゃべり感覚でお届けします。「普通じゃないを愛する」同士の皆さまへ。ちょっと肩の力が抜けるような、そして元気をもらえるようなコンテンツで、皆さまの明日を応援します。

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こんにちは。Marieです。

「(無題)(青)」この作品、あなたには何を描いているように見えますか?

アートは、観る人によってさまざまな感じ方、楽しみ方があり、限りなく自由なものだと思います。

一方で、本来自由であるにも関わらず、何かしら「正解とする見方」があるような気がして、「自分は間違った見方をしているかもしれない」と考えたことがある人も多いのではないでしょうか。

そんな人にもおすすめしたいのは、知的障害のある異彩作家たちが描く絵画で、タイトルがない作品。そう、「(無題)」というタイトルの作品群です。

「無題」アートの楽しみ方

HERALBONY契約作家には、この「(無題)」というタイトルのない作品が数多く存在します。作家自身が、何か目的があって特定のものを描こうとしたのではなく、感じるまま自由に描いた「無題」の作品は、タイトルが持つイメージに引っ張られることなく、見る側にも自由を与えてくれます。

私が異彩作家の作品を鑑賞するときは、抽象的な作品にじっくり向き合って作品の中にどんな作家の息づかいや人柄を感じられるか、自分自身はそこから何を感じ取ったかなど、なるべく思考に制約をかけずに自由に想像を膨らませるようにしています。

今回スポットを当てるのは、HERALBONYのプロダクトにも多く起用されている、代表的な作品「(無題)(青)」を描く作家、工藤みどり(Midori Kudo)。 

ここから綴るのは、あくまでも私が彼女のアートに触れて感じたこと。「そんな見方もあるのか」と思いながら、あなたはあなた自身の感性で、自由にアートを見つめてみてもらえればと思っています。

「無題」作品を、自由気ままに味わう。

とある日のるんびにい美術館。みどりさんの制作風景を覗いてみましょう。

青色のマジックペンを手にすると、幾重もの線を描きはじめるみどりさん。


カサカサカサ…と、静かに続いていく、心地よいマジックペンの擦れる音。ただひたすらに、縦に描く線と、ときどき現れる横の線。

青の上に、緑色。さらには、赤。そして紫 ……と、幾重にも、幾重にも、時に色を変えながら線が重なっていきます。

それはまるで、ずっと降り続いていても構わない、心地よく降り続く色彩の雨のようです。
さらに何度も色を変え、左右上下に広がったり、先ほど描いた場所にさらに別の色を重ねてーー。

どこまで続くのだろう……。みどりさんの手により、限りある画用紙の上に、果てしない世界が広がっていきます。

ひたすらに降り続けた雨は、いつの間にか、桜の花びらを軽やかにさらっていく嵐のように、力強くも暖かい、優しい空気に満たされた春の景色にも見えてきます。

今度は作品全体にではなく、細かい筆先の流れ一つひとつに注目してみるとどうでしょうか。

さまざまな色が不規則に混ざり合い、奥の方から別の色が見え隠れし、切り取る場所によって表情が変わります。それはまるで繊細に揺れ動く人の心のように、私には見えてきました。

みどりさんは、何を描いていたのでしょうか。

施設の方曰く、きっと「何かの完成形を目指しているのではない」といいます。みどりさんの作品タイトルは全て「無題」。タイトルはありません。

心のままにペンを動かし、広がっていく無数の線の中で、内側から自然と湧いてくる「この色」「この場所」にただただ忠実に色を走らせ、その時間の中を漂い描く、みどりさん。私たちにはわからない、彼女にしか見えていない世界があるのかもしれません。

観る人によっては雨にも見えるし、風にも、草原の草花にも、無数に集まる人々のようにも見えるこの作品。

あなたには、何に見えているでしょうか?

異彩作家の意外な素顔

みどりさんの作品は、一見、不規則に並んだ点や線の並びなのですが、何かやわらかさや優しさのようなものも感じる気がしています。

「無題」
「無題」

制作風景を見ると、内面世界にひたすら没頭しているようにも見えるみどりさんですが、実はチャーミングで柔らかな人柄も魅力です。

施設の方によると、周りの人のこともよく見ているそう。制作を始めたきっかけは、同じ施設にいた八重樫季良さんを始め、施設で制作を行っている他の人たちに影響を受けたからだとか。

ふわふわとやわらかい雰囲気で、ふらっと人の近くに来て、気兼ねなく話しかけてくれる、そんな不思議な空気感を持っています。

動画撮影中にカメラに見せてくれた笑顔

さらには、自分の作品がプロダクトになった際には、こんな屈託のない笑顔を見せてくれたり

岩手に自身のアートを纏ったホテルが完成した際には、ヘラルボニー社員の丹野の頭をよしよし。

施設では、周りのみんなに「大好きだよー!」と声をかけるなんていう一面も。

安倍元首相に「お兄さん、傘買ってよ!」

さらにはこんな驚きのエピソードも。

総理大臣官邸で行われた「安倍総理と障害者の集い」に参加したみどりさん。当時、国の長であった安倍元首相に向けて、みどりさんご自身のアート作品がデザインになっている洋傘を手に、彼女はこんな言葉を放ちました。

「お兄さん、お兄さん、私の洋傘買ってよ!」

出典:首相官邸ホームページ(https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201905/21tsudoi.html)

最初は周囲も驚愕していたものの、安倍元首相含めその場が一気に笑顔に包まれたとのこと。

社会の枠組みの中で、肩書きの上では「首相」でも、みどりさんの目から見れば一人の人間、「お兄さん」なのですね。みどりさんのやわらかい人柄が伺えるエピソードです。

「違い」を包み込む、工藤みどり作品

みどりさんの作品から私が感じた「果てがない」「やわらかい」印象。

それはきっと、みどりさんの中にある「枠組みに囚われない」「他者を受け入れる」やわらかさの表れなのでないでしょうか。

「無題」

ひたすら「同じ形」「同じ色」ではなく、少しずつ違う形、混ざり合う違う色。それらは、みんな少しずつ違うわたしたちを、やさしく包み込んでくれるような、そんな気持ちにさせてくれるように思うのです。

こんな想像や感情が膨らむのも、「無題」作品ならでは。作品の楽しみ方に正解はありません。あなたが「ここが素敵」「こうかもしれない」「こう見える」と感じたこと。それは全て、あなたらしい楽しみ方の正解です。

HERALBONYには、他にも「無題」の作品を描く異彩作家が数多くいます。ぜひ作品に触れた際には、あなたの自由な感性で、アートと向き合ってみてください。

私たちも、みなさんにより作品を楽しんでいただくきっかけが生まれるよう、作品のみならず、作家の人柄や魅力を丁寧に発信していくことに、これからも尽力していきます。

HERALBONY BUDDY WEEK

私たちは、国連が制定した2つの国際デー、3月21日「世界ダウン症の日」と、4月2日「世界自閉症啓発デー」をまたぐ期間を、HERALBONY BUDDY WEEKと名付けています。今年はシンボルカラーである青にちなんで、みどりさんの描く「(無題)(青)」がBUDDY WEEK特設ページのキービジュアルを飾っています。

多くの人に「自閉症」「ダウン症」を知ってもらうために、今年は2つのアートの復刻版ネクタイ販売と、BUDDY WEEKにまつわるJOURNAL記事を順次公開していきます。

「自閉症」「ダウン症」「障害」という枠組みを超え、一人のかけがえのない存在として、その人らしく生きていける世界へ。ぜひ特設ページもご覧ください。

>>特設ページはこちら

※工藤みどりさんご自身はダウン症・自閉症の障害がある作家ではありません。作品の色彩と伝わる世界観から今回の企画のキービジュアルに選ばせていただきました。

この作家の作品が起用されたプロダクト

工藤みどり Midori Kudo

るんびにい美術館(岩手県)在籍

ある時はふわふわと、夢見るように周囲の誰かに笑顔で話しかけていたり。またある時は、一人自分の内側の世界に深く意識を沈めていたり。工藤のまなざしは、彼女の心だけに映る何かを追いかけてたゆたう。 心を満たす幸福なイメージが浮かぶのか。それとも痛みや悲しみを心に映さないようにするためなのか。それとも。

工藤の制作は、瞑想から生み出されるような果てしなさがある。自分が今なにかを作り出しているという意識はあるのだろうかーー。彼女が描く時、縫う時、あるいはよくわからない「なにか」をしている時。ふとそんな疑問を感じさせる、不思議な空気が彼女の制作には漂っている。