「障害者○○」と言われなくなった時、人類はきっと前進する【水野学✕松田崇弥・文登】

ふだん何気なく使っているいろんな「言葉」ーーその言葉の裏側にあるものについて素朴に、とことん哲学していく連載「HERALBONYと言葉哲学」。

これまで言葉に埋め込まれたさまざまな「先入観」と向き合い、アップデートしてきたHERALBONY。この連載では、松田両代表をはじめとするHERALBONYのメンバーが、ビジネス、アート、福祉、アカデミアなど多様な領域で活躍するオピニオンリーダーの皆様と、「言葉の哲学」を紡ぐことで、言葉の呪縛を解き放ち、80億の「異彩」がいきいきと活躍できる思考の輪を広げていきたいと思います。

前編に引き続き、HERALBONYのリブランディングプロジェクトで新ロゴをデザインしてくださったgood design company代表でクリエイティブディレクターの水野学さんと、「センス」という言葉について哲学していきます。

パリと岩手・花巻、それぞれに考えた未来のこと

松田崇弥(以下、崇弥):実は先日ちょうどフランスに行ってきまして。

水野学さん(以下、水野):いいなあ(笑)。

崇弥:ひと月ほど滞在してあちこち訪れている中で、企業の皆さんとお話しする機会もたくさんいただきました。その際にフィランソロピー(企業による社会貢献活動)のチームから「なぜ御社は非営利で活動しないのか?」と聞かれることがあって。

それで前回(前編はこちら)水野さんがおっしゃった「研究所としてのHERALBONY」というアイデアを聞いて、ものすごくピンときたんです。株式会社としてこれまで積み重ねてきた営利活動の他に、障害のある方の才能や幸福について研究する非営利活動もあっていいのかなと。その2つが、自転車の前輪と後輪のように組み合わさって前進していくのもいいんじゃないかと思うんです。

水野:すごくいいですね。

文登:一方、普段僕は岩手にいまして(笑)。先日とある方のアテンドで「宮沢賢治記念館」に行ってきたのですが、HERALBONYの思想や価値観は、宮沢賢治のそれにとても近いなと感じました。

水野:パリと岩手から(笑)。

文登:宮沢賢治は『農民芸術概論』という著作を残していますが、そこには「社会の全体幸福が実現しない限りは個人の幸福はあり得ない」といったことが書かれています。そこで彼はみんなの幸福を追い求めることの意味を真剣に説いているのですが、その思想の中に農業があって、鉱石があって、宇宙があって、宗教がある。壮大な世界観です。残念ながら「全体幸福」を実現する前にわずか37歳でこの世を去ってしまいましたが、彼はあらゆる側面から「全体幸福」を深く考え、実践してきた人物なんです。

HERALBONYも、宮沢賢治と同じように岩手・花巻から生まれました。彼が続けた研究を、HERALBONYが引き継いで「障害」や「アート」そして「全体幸福」について解明していく取り組みをこの東北の土地で始められたら素敵だなあ、と今水野さんのお話を聞きながら考えていました。

水野:確かに、宮沢賢治の存在は岩手では大きいですよね。

息子が今高校一年生なんです。子どもと大人の中間のような年齢ですね。彼には、大人になりきっちゃった人にはない「未完成の輝き」みたいなものがある。人間本来誰でも持っている「輝き」とでも言えるような。そういう輝きを生涯持ち続けていた人だと思うんです、宮沢賢治は。

文登:宮沢賢治の言葉の中に「永久の未完成、これ、完成である」というものがあります。「これで完成である」と思った瞬間にその人の思考は止まってしまう。HERALBONY自体も、ずっと未完成のままでいたい。「株式会社」という形態をとっていることが果たして正解なのかどうかわかりません。あくまで実験体として、新しい価値観を社会に説い続ける存在でありたいですね。

水野:やっぱり研究施設として「HERALBONYラボ」みたいなの作っちゃうの、いいですよね。

崇弥:フランスとかスイスとか、ヨーロッパで立ち上げたいな。

文登:いや、花巻でしょう(笑)。

世界で「賛と否」を両方巻き起こせる存在になっていく

崇弥:僕がフランスに行ってきたのには理由がありまして。先日HERALBONYが、ルイ・ヴィトンやクリスチャン・ディオールなどのメゾンを傘下に持つ世界最大の複合企業LVMHが設立した世界各国の革新的なスタートアップを評価する「LVMH Innovation Award 2024」において、日本企業として初めてのファイナリスト18社に選出され、さらに「Employee Experience, Diversity & Inclusion」のカテゴリ賞を受賞しました。先日も、パリに拠点を設ける発表をさせていただいたばかりです。
「LVMH Innovation Award 2024」授賞式の様子。崇弥:創業以来HERALBONYが大事にしてきた「センス」は、フランスでも「面白いね」と自然に受け入れられてる実感はありますね。信じられないような話なのですが、現地でルイ・ヴィトンのオフィスを訪れた際、ファレル・ウィリアムさんに急遽プレゼンする機会をいただきました。彼は、ルイ・ヴィトンでクリエイティブディレクターを務める超有名人です。ほんの5分ほどでしたが、力強く共感の言葉をいただいたのが本当に嬉しかったですね。

もしこの先、世界でHERALBONYが成功するとしたら、それは「経済の話」ではなく、「価値観の話」だと思います。つまり今さかんにDEIやD&Iと言われていることが、本当の意味で一つの価値観として受け入れられた証左になるんじゃないかなと。そのために、今、HERALBONYは世界に挑戦しています。

水野:いいですねえ、そういうところがやっぱり「カッコいい」な。

崇弥:そのために、世界に賛否を起こす大きな勝負をしたいと思いますね。賞賛されるだけでなく「否」もしっかり起こしていきたい。それによって人類として未到の新しい地点に立てると考えています。

水野:そうですね、今後、HERALBONYがさまざまな領域で活躍していけば、必ずネガティブな反応も生まれてくるでしょう。そのネガティブなものが本当に胸を痛めるべきものであれば実際に胸を痛めるべきですが、そうじゃないものであれば上手に包含しながら前に進んでいけばいいと思います。

「カッコいい」ことがどこまでも重要

文登:今は「世界」とか言っていますが、創業した当初は、そんな立派な夢なんてありませんでした。ただ「これで食えたらいいよね」という程度。そこからいろんな出会いやきっかけがあって、だんだん夢が大きくなっていきました。特に投資家さんが視座を引き上げてくれたと思います。他にも障害福祉の親御さんからの手紙だったり。そうしたすべてのものが地層のように積み重なって、「こんなふうになれたら、確かに素敵だよね」と徐々に大きな夢へと育っていった感じです。

水野:なんかね、双子っていうのもカッコいいんですよね。神社の狛犬みたいでね(笑)。そもそもですが、HERALBONYって、障害者アートうんぬん関係なく、まず作品として「カッコいい」ですよね。本当にそう思う。

崇弥:そうなんです。そもそも作品が「カッコいい」というのが僕たちにとっても重要でした。最初に障害のある方の作品を目にした時に、この作品がもし国立新美術館や一等地の百貨店のショーウインドウにどんと飾られていたら、自然に社会の中で広がっていくだろうと直感しました。作品を変える必要はまったくなく、そのままの形で十分魅力は伝わる。そう考えました。

よく「作家さんの育成はどうされているんですか?」と質問されるのですが、そもそも僕らが「育成する」というのがおこがましくて、本当に何もやってないんです。僕たちはただ額縁を変えたり、キュレーションの文章をプロに書いていただいたり、そういうアレンジをするだけです。原画そのものに対して、口を出したり手を加えたりすることは皆無です。

水野:むしろ育成してもらってるのは「こっちだ」くらいの感覚かもしれないですね。

崇弥:まさにそうですね。HERALBONYが作家さんたちに食べさせていただいたり、育てていただいたりしている立場です。HERALBONYの社員数が増えるにつれて、作家さんの作品の値段も上がっていますし、そういう意味では作家さんに依存している会社です。従来の福祉の枠組みでいえば、作家さんたちが「支援を受ける人」になるのだと思いますが、まったく逆の構造で私たちの方が「支援を受ける人」なんです。

「ロゴ刷新」で大きく変わった社内の雰囲気

2024年3月に開催された社員向けの新ロゴの発表会の様子。水野さん自ら社員に向けて新ロゴの思いを語った。
水野:障害に関する団体やイベントって世の中にたくさんあると思います。そして、それらはとても「やさしい」。でもHERALBONYは「やさしい」だけじゃなくて「カッコいい」んです。他にも「美しい」「強い」といった要素も兼ね備えているように感じます。

作家さんが導き出してくれるものに「やさしい」という要素は当然ある。その作品を管理したり流通させたりする立場が「やさしい」だけではなく「カッコいい」「堂々としている」という要素も持っている例は、これまであまり見たことがありませんでした。そこが、HERALBONYが社会で受け入れられた大きな要因かもしれないですね。

文登:それをさらに大きく前進させてくださったのが、水野さんに手がけていただいた今回のリブランディングプロジェクトだったと思います。ロゴ刷新に際して、水野さんが掲げてくださったのが「堂々としてて、本物であること」。HERALBONYの背景を知らなくても「なんかいいよね」「カッコいいよね」と感じてもらえて、なおかつ「これ知ってる?」とまわりの人に聞きたくなるようなブランドを目指していこうというお話をされました。

崇弥:リブランディングをしてから、社内の意識も大きく変わりました。何か新しい商品を作ったり世に出そうとする場面などで、「本当にこれでいいのか?HERALBONYらしく堂々としているのか?」という問いかけを自分たちに対してするようになりました。議論も活発になり、アウトプットの質は全体的にとても上がっていると実感します。単にロゴが変わっただけでなく、会社の人格そのものが変わったのだと思います。

水野:HERALBONYに集まってきている人たちって、「やさしい」だけではなくて、「カッコいい」が好きな人たちだと思うんです。だから、リブランディング後も上手に流れに乗れたのではないでしょうか。そうでなければ、きっとそもそも「カッコいいって何だ?」という話から始めなければいけなかったでしょう。でも、HERALBONYはそうではなく、最初から「カッコいい」が内側にしっかりとあった、その証拠ではないでしょうか。哲学があり、筋が通っていて、会社としての生き様の「カッコよさ」がある。そして実際にやっていることや表現も「カッコいい」。そこに惚れ込んで集まってきたみなさんだから、すぐに響き合うし、熱量が高いのだと感じます。

アートの魅力で「障害者◯◯」のカテゴリーを飛び越えていく

崇弥:やっぱり、SDGSやDEIは関係なく、その作品を見た次の0.1秒後には「イケてるね!」と感じられることが、今後HERALBONYが世界で突き抜けていくために絶対必要だと思っています。たとえ、HERALBONYの商品を購入くださる人が、障害のある方が手がけたアートだと知らなくても、購入してくださる人が増えればそれは世界が前進していることになるはずです。

水野:そうですね、その通りだと思います。

崇弥:先日、車椅子テニスの国枝慎吾さんと食事をする機会がありました。国枝さんが初めて新聞でその活躍を取り上げられたのは「スポーツ欄」ではなく「福祉欄」だったそうです。それが何年も続いて。

HERALBONYも一番最初に岩手の新聞で取り上げられた時はやはり「福祉欄」で、その後もずっと「福祉欄」。僕たちがこうしてここまで来られたのは、確かに「障害者活躍」「DEI」「SDGS」といった世の中の流れがあったからです。そうした言葉に後押しされて成長してきました。でも、いずれは「福祉欄」を飛び越えていきたい。普通にビジネスの世界やデザイン業界の中で「いいことやってるね」ではなく「カッコいいよね」という言葉で賞賛されるようになりたいですね。

水野:障害って「障害」と「非障害」にきれいに分かれているわけではなく、グラデーションですよね。このレベルの障害から補助が出る出ないという線引きはあると思いますが、それは便宜上にすぎない。

「車椅子テニス」や「チェアラグビー」という競技名がついてはいますが、独自のルールがあってもはや別のスポーツですし、そういうものとして楽しんでいらっしゃる人もたくさんいます。つまり「テニス」や「ラグビー」といったカテゴリーを飛び越えた存在なんです。

それと同じように、HERALBONYも「障害者アート」というカテゴリーを飛び越えていけばいいんだと思います。「障害者◯◯」ではなくて、HERALBONYという独自のカテゴリーになってしまえばいい。

文登:そうなりたいですね、「障害者◯◯」というカテゴリーを軽々と飛び越えていきたいです。