谷田圭也之は「新しい言語」で私たちに語りかける【異彩通信#15】

「異彩通信」は、異彩伝道師こと、Marie(@Marie_heralbony)がお送りする作家紹介コラム。異彩作家の生み出す作品の魅力はもちろん、ヘラルボニーと異彩作家との交流から生まれる素敵な体験談など、おしゃべり感覚でお届けします。「普通じゃないを愛する」同志の皆さまへ。ちょっと肩の力が抜けるような、そして元気をもらえるようなコンテンツで、皆さまの明日を応援します。

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深く静かな夜、色とりどりの鮮やかな煙が集まり、音楽をまとって、ふわりふわりと賑やかにパーティー会場へ向かっているようなこちらの作品。

眺めていると、自然と私たちの体も動き出しそうな、そんな不思議な引力のあるこの作品を描いたのは、チェンマイ在住の作家、谷田 圭也之(Kayano Tanida)さんです。

作品名は「How are you guys?」。ワンピースやカードケースに展開されているので、見覚えがあったり、すでに「持っているよ」という方も多いのではないでしょうか。

現在、オンラインストアでは「How are you guys?」をはじめ、圭也之さんの原画やプロダクトを複数展開。
特に、ワンピースは初回生産分がすぐに完売。現在、追加製造分の予約を受け付けています。また、先日発売を開始したカードケースも、多くの方の元に旅立っています。

>Kayano Tanidaアイテム一覧へ

多くの人の心を魅了する圭也之さんの作品は、いったいどのように生まれるのでしょうか。圭也之さんの制作風景と、作品の秘密を、ご紹介します。

筆は音に乗って

圭也之さんの起床時間は朝7時。目覚ましのベルが鳴らなくても、この時間に起きて、フルーツの入っていない白いヨーグルトとコップ一杯のイチゴ牛乳を飲むのが、彼女のルーティン。そして、制作を開始します。

こちらは「I like music. I like dancing」という作品。音楽好きな圭也之さんの制作には音楽が欠かせません。

タイトル通り、まさに色彩が音楽に合わせて踊っているような、躍動感とやさしさが、絶妙なバランスで調和しています。

ふわっとした筆のタッチは、アクリル絵の具に水を多く含ませているから。誰かに教わったのではなく、作品を作る中で、圭也之さん自ら体得した技法なのだそう。

左の写真は、アメリカの歌手・ビヨンセの楽曲を聞きながら描かれた作品。彼女のパワフルなパフォーマンスに共鳴するかのように、圭也之さんの絵も力強い印象の色彩とタッチになっています。


一方、右の写真は、優しいサウンドの楽曲を聴きながら制作を行った日。キャンバスの絵も、ふんわりと優しい色彩とタッチ。圭也之さんの表情もやわらかな雰囲気です。

ちなみに、圭也之さんが聴いている音楽は、お母さまが好きな洋楽から圭也之さんが大好きな藤井風まで、幅広いジャンルをカバー。(ちなみに以前は男性グループ「嵐」の大野くんが大好きだったそう!)

こちらの作品は、大好きな藤井風の楽曲を聞きながら描かれたもの。

イメージが湧いてくると、これだ!とどんどん筆を進めていける圭也之さんですが、なかなか納得がいかないときは、勢いよくキャンバスをまっさらに塗りつぶすこともしばしば。

塗りつぶした上に、また別の絵を描き始めるそう。


そうして生み出されたのが、こちらの「勇気」という作品。

>「勇気」原画作品

もともと1ヶ月ほどかけて描いていた作品に納得がいかず、グレージュの絵の具で塗りつぶしたとき、ふいにインスピレーションが湧いてきたのか、ビビッドな黄色の絵の具が踊り始め、ものの5分で作品を完成させたといいます。

長い時間をかけて作ってきたものでも、納得がいかなければ、自分の心を信じて、いったんリセットする「勇気」。見える色は2色だけなのに、深い奥行きを感じるのは、このような物語が詰まっているからなのでしょう。

「How are you guys?」
筆が乗っているときの圭也之さんは、描く姿や作品からその気配を強く感じると、お母様が教えてくれました。特にこの「How are you guys?」を描いていたときは、「なんだかいつもと違う。これはすごい作品になりそう」という、ただならぬ気配を感じたそうです。


仕上がった絵は、他の作品と比べ、はっきりとした色彩に多くの色が重なり、重厚感があります。この作品に込められた圭也之さんの強い思いが伝わってくるようです。

そんな「How are you guys?」はお母様にとっても特別な作品に。はじめは手元に残しておきたいと思っていたそうなのですが、「HERALBONYになら委ねてもいい」と、思い切って私たちに預けてくださったとのこと。原画はすぐに大切にしてくださる方と出会い、さらにさまざまなプロダクトに展開され、今も多くの人に愛されています。

ハンカチやカードケースに起用されている「New Year's Eve in Chaing Mai.」も、珍しい色彩が特長の作品です。

ピンクや水色がお気に入りの圭也之さんは、作品によくこの色を取り入れるそうなのですが、こちらの作品では、鮮やかな赤いベースの上でやわらかなピンクと水色のコントラストがよく映えます。筆に2色の絵の具を同時に乗せて、点描で描く、珍しい描き方で制作された作品なのだそう。

タイトル通り、チェンマイで過ごす大晦日の日に描かれたこの作品。赤と白の色合いが日本のお正月を連想させるようでもあり、新たな年の幕開けを期待する人々の熱気が伝わってきそうでもあります。

目にする全てに唯一無二の世界がある

音楽にインスピレーションを受けて描かれる圭也之さんの作品たち。実は、対象物を元に描かれている作品もあるのだそうです。

「麦」

たとえば「麦」というタイトルの作品。植物の麦ではなく、日本で暮らしていたときに飼っていた、ゴールデンレトリーバーの名前なんです。

麦ちゃんと、幼い頃の圭也之さん

黄色、紫、緑、そして少しの水色。お母様が見せてくれた麦ちゃん写真からどのようなインスピレーションを受け取ったのか、想像が膨らみます。

「南国の鳥の羽」

そして、こちらは南国に生息する鮮やかな鳥がモチーフになった「南国の鳥の羽」。

お母様が圭也之さんに見せた、モチーフになった鳥の写真

圭也之さんにしか描けない世界があることを感じる作品たちです。

才能がいつ花開くかは誰にもわからない

独自の世界を描き続ける圭也之さんですが、実は現在のような創作活動を始めたのは、2021年ごろなのだそう。

日本で暮らしていた頃、お母様の友人が主催する、障害のある子どものための絵画教室に通ったこともあるそうなのですが、そのときは全く上手く描けなかったのだとか。また、ダウン症の子どものためのダンス教室でも思うように上達せず、それを見ていたお母様は「この子には得意なことがない」と思ってしまったそう。

しかし、チェンマイで迎えたコロナ禍で、外出もできず閉鎖的な日々が続くなか、家でできることを探し、絵を描き始めた圭也之さん。黙々と作品を描くことに没頭しているうちに、現在のような作風が生まれました。

「今、日本にいた頃の知人が、圭也之がHERALBONYの契約作家となり、プロダクトも多く展開されていると知ったら、みんな驚くに違いありません」と話す、圭也之さんのお母様。「才能はいつ花開くかわかりません。だから、何事も諦めないほうがいい」と語ります。

ユニークなタイトルのつけ方

圭也之さんの変化は、絵を描き始めたことだけではありません。実は、移住をきっかけに、あまり言葉を発することがなくなったというのです。今の圭也之さんにとって、作品が言葉に代わる自己表現になっているのかもしれません。

ほとんど話さない圭也之さんに代わり、お母様が作品のタイトルをつけています。

「勇気」のように、制作過程のストーリーからつけられたタイトルもあれば、作品に込められた圭也之さんの思いを汲み取るように命名するものも。

「海と宇宙」

たとえば、納得いかなかった作品をネイビーの絵の具で塗りつぶした上に描いた「海と宇宙」という作品。キャンバスの上に勢いよく乗せられた白、青、金の組み合わせが、荒波の海のようにも見え、その強い勢いに圭也之さんの怒りのようなものを感じたそうで、このタイトルが浮かんだと言います。

>「その先はちょっと慎重に」原画作品

また「その先はちょっと慎重に」という作品は、チェンマイでの暮らしの様子が反映されたもの。チェンマイには川が多く、家族でよく行くレストランの近くにも運河があるそう。そこに行くと、飼っている犬がどんどん走って行ってしまうことがあり、その様子をみて出てきたワードなのだそう。チェンマイの土と川のようにも見えるこの作品の、茶色の部分の絶妙な色合いは、お母様のお気に入りポイントになっているそうです。

もうひとつ、タイトルの素敵なエピソードを。

キラキラと今にも弾けそうな赤い実のようなこの作品のタイトルは「初恋の人はプロレスラーになった」。

このタイトルはなんと実話なのだそう! 小学5年生だった圭也之さんの初恋のお相手は「かっちゃん」という男の子。お姉さんが圭也之さんと同じダウン症でもあったことから、親しくなったようです。ある晩、眠る前に圭也之さんがふいに「かっちゃん、もう寝たかな」と口にしたこともあるという、キュンとしてしまうエピソードも。その初恋のお相手、今はなんと、プロレスラーとして活躍しているそう。

お母様は、この作品にあの頃のときめきやきらめきを感じて、圭也之さんの初恋をタイトルにしました。

タイトルだけでなく、制作でもお母様との共作の場面が。色のチョイスや実際に描くことは全て圭也之さんがご自身で行っていますが、絵の具を手にすると中身を全て出してしまうため、絵の具を出す作業は、お母様が担当しています。
会話をしない圭也之さんですが、周りの人の発言は理解していて、特にいつも側にいてくれるお母様とは、阿吽の呼吸でコミュニケーションが取れるそう。

言葉を発さなくなった圭也之さんに、最初は寂しさも感じていたというお母様。ですが、本人が嫌なことはさせたくないし、「喋らない」のもそれはそれで「圭也之さんらしくていい」と今は考えていると教えてくれました。

「喋れることが良いこと・正解である」「周りに合わせて喋れるようにすべき」という固定観念にとらわれず、「喋らない方が都合がいいこともあるし」と、圭也之さんの個性をポジティブに受け止めるお母様。


そんなお母様に見守られ、アートで自分を表現し、作品を通して他者とつながるという、自分らしい道を行く圭也之さん。

アートには、人と人をつなぐ力があります。

圭也之さんの作品は、彼女の思いがキャンバスの中にぎゅっと詰まった、幾重にも重なり合う、彼女なりの新しい言語なのです。

この作家の作品が起用されたプロダクト

谷田 圭也之 Kayano Tanida

毎朝目覚ましのベルの音もなく7時に起きて、フルーツの入っていない白いヨーグルトとイチゴ牛乳をコップ一杯飲むのが日常。驚くほど上達したゲームの数々をこなし、卓越したこだわりを持った独自の生き方をしている彼女。
そんな彼女にとって、アクリル絵の具との出会いは幸せの始まりであった。絵を描くことが日課となり、そのカラフルで心踊る表現は、実際彼女に見えている風景であり、ほとんど言葉を発しない彼女の言葉なのである。